第83回
『太極導引』鍛錬の「美感」

中国古代では足や腕などの四肢を動かすことの全般について
「舞」という漢字を用いてまとめて表記していました。
そのような舞には、
大体弔いや娯楽などとしての目的が多かったのです。
経典医書である『黄帝内経』の中には
湿度が高すぎた状態にある生活環境によって引き起こされる
関節の病気を予防し改善するための
「舞」を行うことが記載されており、
これを「導引」と唱えています。

導引と唱えるからには、
その健康効用に重点が置かれているわけですが、
だからといって
本来の舞踊の属性から外れていることにはならないと思います。
つまり舞踊であれば、美しさも持っているはずです。
健康の為に太極拳の形と動作を鍛錬する人々が
養生健康を追求する信念だけを持って
何年、何十年も堅持して練習し続けられたわけではなく
太極拳の動作を演習する過程の中で
何らかの美感を感受させられていったからだと思います。

太極拳の動作套路を演習する場合、
上半身の姿勢はどんな形をとっても
湾曲したり偏ったりしてはならず、
終始一貫まっすぐにしたままです。
それから手足四肢の動きも速くすることはしませんし、
動きの範囲や幅も大きくはありません。
そうした動きは身体変化としては
あまり俊敏とは言えないイメージです。
ですが、姿勢動作が俊敏でないことは
逆にその動きの中には安定、
従容(ゆったりとして落ち着いていること)な
イメージが現れて来るとも言えるのです。
そのイメージとは、
例えば山が与えるような穏やかなものではないでしょうか。

また、太極拳の動作演習の特徴といえば
周知のようにゆっくりと行うことです。
激烈なジャンプや回転など、難度の高い動作も殆どありません。
平静に綿々と動かしているのです。
実は太極拳演習そのものが
「水の流れるように」という要求をされているのです。
ここで要求されている水の様子とは激しい川の流れの様子ではなく、
さらさらと流れる通常の川や渓流のようなものだと思います。

現代スポーツにおける徒手運動である体操、新体操、
フィギュアスケートなどが見せる
数分間の内に迫力あるジャンプや回転などの動作を行ったり
真っ直ぐに伸びる肢体動作と
柔らかな姿勢造形をしたりする動きの中に
力強い剛健的なイメージが溢れているというならば、
太極拳の動きには
粘り強い柔和なイメージが表現されていると言えるでしょう。

総じて言えば、
『太極導引』鍛錬(太極拳動作の演習)の美感は
「如山似水」と喩えることができます。
それは山のように穏健従容で、
水のように柔和沈着であるということです。

*太極拳の動作、形を演習することを
 私は『太極導引』と呼んでいます。


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