死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第26回
お金は仕事から生まれてくる

しかし、私は仕事を見つけるほうがお金をつくるより先ではないかと思う。
学校を卒業して社会に出る時、
たいていの若者はお金より仕事を優先させる。
お金も欲しいことは欲しいけれども、
どこからどうやってよいかわからないし、
仕事のほうなら教えてくれる人もある。
わずかでも、労働に対する報酬をもらいながら、
仕事を教えてもらい、
そのうちにお金の儲け方を身につけることができれば、
もっけの幸いであろう。

ところが、定年近くなると、仕事はしっかり覚えたのだから、
仕事でメシを食うことを考えればよさそうなものであるが、
逆にお金のほうに気をとられるようになる。
してみると、仕事をはじめてから三十何年間もたつのに、
案外、仕事を覚えきれなかったのか、
覚えることは覚えたけれども、
ツブシのきかない覚え方をしたので、
仕事のやり方が時代遅れになって実際の役に立たないか、
のどちらかということになる。

お金は仕事から生まれてくるものであって、
肝心の仕事のほうがおざなりでは、
お金のほうもあやふやなことになってしまう。
つまり若い時も、年をとってからも、
本質的にお金を生むのは人間であって、お金ではない。
人間の頭脳や仕事ぶりがしっかりしていなければ、
お金のほうもうまい具合にはふえてくれないのである。
なまじ小金を貯め込んだばかりに、
人問はお金に頼ろうと考えるようになる。
もし生活に必要なだけの貯えもなく、
定年後も身ひとつで生活していかなければならないとしたら、
誰ものんびり構えてはいないであろう。
すぐにも、次にメシを食って行くための手立てを考えるであろう。
そうしたやり方が、
人間を定年後のスランプから救ってくれるのである。

定年を三年後、五年後に控えた人も、
そもそも定年のない人生を歩んでいる人も、
立場はいくらか違うけれども、
人生に対する姿勢にそう大きな違いがあるとは思えない。
定年がない仕事に従事しているから、
定年後の心配をしないでよいと思ったら、大間違いである。
なぜ会社に定年制があるかというと、
あとからあとから後続部隊があって、
押せ押せになっていることもあるが、
本当は人間、ちょっとでも安住のチャンスがあると、
つい油断をして時代の変化に対応して行く能カを
失う習性を持っているからである。
そういう人間を淘汰して、次々と新しい選手を出さないと、
商売だろうと、学問だろうと、芸術の生活だろうと、
うまくやって行けないから、定年制を布き、
粗大ゴミの始末をしているのである。

このことは定年制のない会社でも、
基本的には何の変わりもない。
定年制のある会社なら、
時代に適応できなくなった老人を整理して
会社の活性化をはかるが、定年制のない家族会社とか、
商店になると、時代に合わなくなった老人が
いつまでも居坐っているから、定年がない代わりに、
会社そのものが適応性を失って店じまいまで追い込まれてしまう。
生き残るための努力は、定年制のあるなしにかかわらず、
体験を積んだばかりに駄目になって行く人間に
課せられた起死回生の条件といってよいだろう。





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2015年1月19日(月)

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