死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第92回
時差ボケが負担になってきた

私のようにスケジュールが詰まっていると、
旅行先での時差ボケはいいとしても、
東京へ帰りついた翌日から、
すぐにも、講演がはじまる。
原稿書きの仕事も控えている。
時差ボケは生理的なものだから、一日に一時間か、
一時間半くらいしか調整がきかないといわれている。

アメリカやヨーロッパから帰ってくると、
五日間から一週間くらいたたないと、
元へは戻れないが、五十代までは
時差ボケのまま仕事をやっているうちになおった。
最近は、恢復するのにも時間がかかるようになったが、
時差ボケのまま仕事をすると疲労を感ずる。

したがって、帰ってきた当日と翌日は
少なくともフリー・タイムにしておかないとならなくなったし、
毎月、続けて時差のあるところへ出かけるのがさすがに億却になってきた。
「年をとるとは、きっとこういうことなんだな」と思いあたることがある。

となると、いやでも時差ボケを避ける
スケジュールに切り換える必要が起こってくる。
ところで、総理や大臣をつとめている人を見ると、
今日、アメリカにとんだかと思ったら、
二、三日後には帰ってきて、その日から仕事をはじめている。

何と不死身な人だろうと思うかもしれない。
よく考えてみると、それは間違いで、
向こうで時差ボケがなおらないうちに帰ってきているから、
時差ボケにならないですんでいるのである。
その代わり外国では時差ボケのまま
交渉に臨んでいるからロクな交渉は
やっていないといったほうが正しいように思う。

行った先々で時差ボケにかからないようにしようと思えば、
時差が二時間か、三時間のところに、
二、三日ずつ泊りながら移動することである。
でなければ、行った先々で激しく移動してまわる代わりに、
一つ所で一週間でも二週間でも滞在することである。
私の場合、今までのところ、
限られた時日に回りたいだけの都市を回ろうとするから
どうしても駈け足の旅行になる。
二週間で帰ろうとすると、向こうに行って
時差ボケをなおすのに一週間かかり、
やっと慣れて一週間たつ頃には帰途につくから、
帰ってきてもう一度、時差ボケにおちいる。
三週間の間に二回も時差ボケを経験するから、海外旅行も楽じゃない。

年をとってくると、いくら何でも
一年にこれを何回もくりかえすわけにはいかなくなる。
多くて二回、それも大儀になれば、一回になってしまう。
でなければ、帰ってきて一週間休むか、
時差のないところに旅行するか、のどちらかになる。
その点東西に動くよりも、南北に動いたほうが身体に負担がかからない。
韓国、台湾、香港、フィリピン、ボルネオ、インドネシア、
タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、
グアム、フィージー、トンガ、タヒチといった方向なら身体にこたえないし、
まだ行ったことのないところや、
もう一度行ってみたいところはまだ残っている。

現に今年は、五月にヨーロッパ、六月にアメリカに行ったので、
いつも十月はヨーロッパに出かけるのを、
時差ボケのないところに切り換える気になっている。
これは、やはり疲れを意識するようになったからであろう。
しかし、だからといって、ヨーロッパに行くのはやめた、
アフリカに行くのはご免だ、といっているわけではない。
ペースはおちるけれども、好奇心がおちているわけではないから、
今までやっていたことを全部やめて、方向転換ということではない。
今まで毎日、出勤していた人が退職して家に引っ込んだりすると、
急に年をとるといわれているが、ペースはおとろえても、
生活のリズムを変えないことが大切である。
恐らくそういうスロー・ダウンをやれば、
そんなに目立ったショックを受けることはないのではないか。





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2015年6月22日(月)

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