至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第32回
『ラ・ブリアンツァ』のかぼすチェッロ

イタリア料理店『ラ・ブリアンツァ』に
最初に行ったのは
代官山にオープンしたばかりの頃。
スーパーの買い物袋を下げてくる客がいたり
リラックスした老夫婦がいたり
近所の人に愛されている感じが好感のもてるリストランテでした。

その店が、2003年秋、
六本木ヒルズができて一躍旬の場所になった
麻布十番に移転することになったのです。
あの代官山のご夫婦はどうなるんだろうと心配しつつ、
新しいお店も気になりつつ、
ようやく行けたのは、昨年の12月。
麻布十番といっても、商店街から少し外れた公園の近くに
『ラ・ブリアンツァ』は遠慮がちに佇んでいました。

まだ若い奥野良幸シェフは
北イタリアのピエモンテ州クーネオで5ヶ月、
リグーリアで半年、
その後モンツェの近くにあるブリアンツァという町、
そしてフィレンツェなどで
計1年8ヶ月間修業したのだとか。
北の料理が得意なシェフです。

この日いただいたのは、ホロホロ鳥のラビオリ ピエモンテ風。
ピエモンテを代表する料理、アニョロッティ・ダル・プリン
のことですが、彼の場合は中にホロホロ鳥を詰め、
ソースにはポルチーニの香りをしっかりと漂わせていました。
セコンドは旬のジビエで、鹿肉のロースグリル。
“幻のチーズ”ともいわれる、カステル・マーニョという
ピエモンテのチーズもありました。

ただ、代官山の頃のガツンとした伝統料理とは
少し趣が変わった印象。
私が好きだった、いかにも北っぽいガツン系の匂いは抑えられ
その代わり優しい味わいや美しい彩りなどが
彼の料理にプラスされたようです。
「最初はイタリアそのものを出したいと思ってましたけど、
でも不可能だと思えてきたんです」
と奥野シェフは格好つけず、とても正直な言葉を漏らします。

“イタリア料理を日本でやること”の難しさは
やっている者なら誰もが一度は感じることです。
もしかしたら彼の料理は、悩みながら、その試行錯誤の中で
進化している途中なのだろうか。
そんなことを考えていると
最後に、ご実家から送られてきたというかぼすを使った
リモンチェッロならぬ
自家製かぼすチェッロが供されました。
これがまた、めちゃめちゃおいしかった。
彼は和歌山県出身。
お父さんが鮮魚店、お母さんが料亭をやっているそうで
春先は親戚が獲ったイノシシもメニューに加わるとか。
故郷の幸を味方に付けた彼の、
今後の料理はどんな方向に進化するんだろう?

イタリアでは、リストランテは
店の人間と、店を愛する客とが
一緒に店をつくっていくものだと言います。
だとすれば、
ゆっくりと時間をかけてその成長を味わうのも
リストランテの愉しみのひとつかもしれません。
だから私は「春先のイノシシ」にワクワクしながら
頭の中のスケジュール帳をめくるのです。


■Ristrante la Brianza (リストランテ ラ・ブリアンツァ)
東京都港区麻布十番2-17-8 TEL 03-5440-8885


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2004年2月3日(火)

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