至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第127回
お菓子の域を超えたショコラ

指輪の箱を開けるときは
何か、特別な緊張が走ります。
指先をそろえて、斜めに切り取られたふたを開けると
しかしそこにあるのは
一粒の静かなショコラ(チョコレート)。
スクエアに切り取られた
湖の穏やかな波を思わせる表情です。

ショコラトリィ『ル ショコラ ドゥ アッシュ』の
「黒トリフ」は
テイクアウトで、一粒1050円。
ショップに併設されたサロンでいただくと840円という
その挑戦的な価格も、
ショコラに黒トリュフという
サプライズな組み合わせも
六本木ヒルズがオープンした当初から
かなり話題になっていました。

私は自宅のテーブルで
この3cm四方の湖と対峙しました。
仕事から帰った、夜中の23時過ぎ。
両手でつまんで、ちょっとだけかじってみると
思わず
「ふぁ」と意味不明な声が出ました。

綺麗な甘さのショコラが
口の温度で溶けていくのと入れ替わりに
ブランデーと黒トリュフの
妖しく、悩ましく、芳醇な香りが
あとからあとから
ぐんぐん立ち上って広がります。
秘められていた才能が、何かのきっかけで
止めても止めてもあふれ出すように。

チョコレートはお菓子だと思っていた
私の概念を軽々と飛び越えて
これはもう、別のところにいってしまってます。
実際、サロンでは
フランス・ゲランドの自然塩と一緒にいただくようです。
別売ですが
このショコラに合わせて
やはりフランスの甘い酒精強化ワイン、Banyuls を
用意しているようで
「黒トリフ」、塩、Banyulsが三位一体となって
完成されるらしい。

幸いゲランドの塩ならキッチンにあるので
さっそくなめて、かじってみます。
すると甘みが凝縮されて
香りが引き締まり、際立ちます。

何であれ、ものを生み出す仕事は
受け取る側の想像の届かない苦しみを伴います。
「黒トリフ」を生んだ
パティシエ、辻口博啓氏は、1967年生まれ。
私と同い年。
同じ時代、同じ年月を
彼はどんなふうに過ごしてきたんだろう?

残り香のなかで
半分になったチョコレートの断面を
私は、ずっと長いこと眺めていました。


■LE CHOCOLAT DE H (ル ショコラ ドゥ アッシュ)
東京都港区六本木6-12-4 六本木ヒルズ六本木けやき坂通り1F
TEL 03-5772-0075


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2004年6月15日(火)

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