「小松左京とか、永六輔とか、執筆者たちが出資してくれることになって、お金はまだ払い込んでくれていないけれど、七百万円ほどは集まる見込みなんです」
と矢崎君は言った。他の文士たちに比べれば、私は経済観念のあるほうだから、たとえ七百万円が七千万円であろうとも、経営がしっかりしていなければ、たちまち使いはたしてしまうのがおちだと思っていた。まして執筆者たちを株主として、株主が原稿を書かせろと言ってきたらどうするつもりだろうと心配になった。
「一体、雑誌の売れ行きはどうなっているのですか?」と私はきいた。
「月に売れる部数が約一万五千冊で、定価百五十円の七掛けとして、約百五十万円の収入があります。ほかに広告費が二、三十万円ありますが、印刷費、編集費、新聞広告代あわせると、月に百万円のお金が足りなくなります」
「百万円ねえ」と私は思わず声に出して言った。
「あと一年くらいしたら、月に百万円くらいの浮気はしてもよいと思うが、いまの僕じゃ五十万円くらいしか払えないだろうな」
「何とか助けてくれませんか。一ぺん休刊に追い込まれると、せっかくついた読者がまた離散して元へ戻すのがたいへんなんです」
と矢崎君は言った。
それはたしかにそのとおりだと思った。私は家へ帰ってベッドの中に入ってもなかなか寝つかれなかった。一年後なら百万円損してもよいと私が言ったのは、毛生え薬の売行きが伸びればそのくらいの出費には耐えられるようになるという意味だった。しかし、考えてみれば、一年後に百万円損をするつもりなら、一年早くても同じじゃないかと思いなおした。翌日、私は矢崎君に電話をして、「『話の特集』の再建は引き受けましょう」と通告した。
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