元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1746回
美女ヴィーナスの人体解剖

●医学史博物館ヨゼフィーヌム (Josephinum.)
●病理・解剖学博物館(Pathologisch-Anatomisches
 Bundesmuseum )
●フロイト博物館(Siegmund-Freud-Museum)

このウイーン大学界隈にある3つの博物館こそ
「体の解剖学」を超えた「心魂の解剖学」へ――、
近代医学への相克の軌跡を伝える、
貴重な記念館でもありますから、
僕が興味をそそられたことは言うまでもありません。
また、月曜日の休館日にあたってしまったため、残念ながら
すべてを見ることはできませんでした。
なんとか、閉館時間・午後2時の15分前にすべりこむことができた
「医学史博物館 ヨゼフィーヌム (Josephinum.)」
見学記を続けます。

●医学史博物館 ヨゼフィーヌム (Josephinum.)=
プラーター教会からトラム(路面電車)38番に乗り、二駅行って、
ちょっと戻ると医学史博物館・ヨゼフィーヌムがあります。
中庭にはギリシャの医神アスクレピオスの娘で、
健康の女神ヒュゲイアの像があり、
右手の建物の二階に博物館があります。

博物館内には1200体はあるのでしょう。
飴色の蝋細工の人体解剖模型がぎっしりと並んで、
一種異様な雰囲気に圧倒されます。
まず、部屋の中央、金で縁取られたサテンの白布の上に、
画家ボッティチェリの女神「ヴィーナス」に似せた
実物大の美女蝋人形が大股を開いて、
仰向けに横たわっているのには、一瞬、度肝を抜かれます
その美しい肢体の腹腔と胸郭は、大きく切り開かれ、
肺、胃、肝臓・・・すべての器官が精巧で生々しく、
ぱっくりと開いた子宮には胎児も見えるではないですか。
まるで本物。そのリアルな臓器が
ぞろりとはみ出した様相には、しばし冷静さを失います。
見るものにとっては冷徹な生命美というより、
まさにグロテスク。
猟奇趣味に満ちた館ともとられかねない不思議ゾーンです。

医学史博物館にて(館内の解剖人形は撮影禁止)

このヨゼフィーヌムは18世紀末、
1785年、女帝マリア・テレジアの子、
ヨーゼフ2世によって建てられた陸軍の軍医養成学校。
ヨーゼフ2世は啓蒙専制君主と呼ばれ、
「君主とは国家第一の僕である」と称して、
国民教育の「道徳的機関」として国民劇場を作るなど、
オーストリア帝国の安定期を作った開明皇帝として有名です。
これらの1200体の数奇なコレクションも、
啓蒙的な医学教育を目的に創設されたわけでしょうが、
僕にとっては、単なる医学コレクションを超えて、
まさに18世紀末から19世紀末にかけての、
「中世魔術医学」と「近代解剖医学」の錯綜を
象徴する博物館と映り、
かなりの衝撃をうけました。

             *

ちなみに、こうした美女解剖蝋人形ヴィーナスは、
17世紀後半から、
ヨーロッパ各国で広く教育に用いられていたようで、
イタリア・フィレンツェの
動物解剖博物館ラ・スペコラに展示されている
「解体されたビーナス」という蝋人形が有名。
イタリアで作成された人体模型は、実際の人体から型取りした
蝋細工に彩色を施したもので
毛細血管までリアルに再現されているようです。
僕は、こちらは見たことがありませんが、
4年前に食道ガンで亡くなった親友の作家・倉本四郎さんが書いた
「フローラの肖像」という本の写真で見た覚えがあります。
また、作家・村田喜代子さんの「夜のヴィーナス」
という幻想的な短編で読んだことがあります。
フィレンツェの蝋細工師は、
当時ヨーロッパ中に名が鳴り響いたそうですが
ヨーゼフ2世も遅ればせながら、フィレンツエの蝋細工師に注文。
外科医の養成をギルド的習得法から、
より理論的、科学的に変えようとしたと思われます。

いまから見ると、どこか狂気に満ちた博物館ですが、
芸術性と医学的神聖さが同居する不思議な空間にわが身をおくと、
いのち学とは、ただの「体の解剖学」だけでなく、
「心魂の解剖学」をあわせた人間丸ごと、
やはり「ホリスティックな医学の追求」が、
20世紀末を超えた21世紀のいまも
問われているのではないか?と体感しました。
僕にとっては、美しきウイーンのみならず、
ちょっと生々しい「いのちの館」の探検紀行となったわけですが、
みなさんも、もしウイーンに旅行する機会があれば、
「ウイーン医学のふしぎ三角地帯」
をちょっと覗いてみてはどうでしょうか?


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2007年6月8日(金)

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