元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1990回
養生とは生き方そのものである

年末年始に帯津良一医師の本がたくさん出ましたが、
いま発売中の「大養生―スピリチュアルに生きる」は、
一連のスピリチャル本の決定版といえるものです。

帯津流のスピリチャル大養生の「哲学」から「実践」までを、
じつに分かりやすく総集したものですから、
帯津ファンならずとも、
ぜひ、必読はもちろん、保存をお勧めします。

では、ただ体の健康をはかるだけでなく、
帯津医師が提唱する
「スピリチャル大養生法」の原理発想はなにか?
「養生とは、生き方そのものである」とする
帯津流の真髄を書いた箇所を抜粋紹介します。

          *

「明るく前向き」は、ちょっとしたことで崩れてしまう。
では、どのような生き方が望ましいのかというと
「人間は哀しい」ということに気がつきました。
前から思っていたことでしたが、
ある日行きつけの蕎麦屋さんでしみじみそう感じたのです。
私はひとり蕎麦屋さんで酒を飲むのが好きです。

蕎麦屋さんにはそういった、
ひとりで静かに酒を飲んでいる同志がいるのです。
お銚子を傾けるその後ろ姿に何ともいえない哀愁が漂っていて、
これがまたいいのです。
つくづく人は哀しい存在だと思ったのです。
人間は孤独で哀しい存在だと思えば、
これはもうガチッと海の底みたいに揺らぐことがありません。

人間は哀しい存在であるというのが、
私自身の経験とか文章、
たとえば、山田太一さんの『生きるかなしみ』
(ちくま文庫)などでよくわかりました。
これは生きることはかなしい、
というのをテーマに短編とか
エッセイなどいろいろな人の文章を集めた本です。
「生きるかなしみ」とは特別のことをいうのではない。
人が生きていること、
それだけでどんな生にもかなしみがつきまとう。
この本のなかで、このように山田太一さんがいっています。

生きることはいつも哀しみがつきまとう、
それはなぜかというのを、
最後に作家の水上勉さんが、
自分の家族のことをエッセイ風に書いています。
そこで、水上勉さんは、なぜ生きることは哀しいか、
というのを、「我々は孤独なる旅人であるから」と
理由をつけているのですが、これはいいと思いました。

私もつねづね「人は虚空から来て、
虚空へと帰る孤独な旅人として、
ひとりでこの世に降り立ち、
ひとりで去っていく存在」なんだといってきました。

このように捉えて、人間は哀しく淋しい存在だと覚悟すれば、
もう明るい状態と違って、
ちょっとやそっとで落ちこんだりはしません。
なんといっても、一番下のどん底にいるわけですから。
かなしみ、淋しさの地平に希望の種を蒔いて、
これが、やがて芽を出し花が咲くと、いよいよ心のときめきです。

心の養生のなかで、一番大事なのは「ときめき」です。
わくわく、いきいきといった感情です。

               *

あなたも、ただ呼吸法、ただ食事法を
実践するというのではなく、
心の養生、
魂のエネルギーを高める秘伝について感受し、
習得してみましょう。


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2008年2月7日(木)

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