第1202回
富士康連続自殺事件と世界の工場モデルの終焉

「今日もまた1人、飛び降り自殺したらしいよ」
「えー!昨日1人自殺したばっかりじゃない」
「同じ工場で毎日自殺者が出るなんて異常だ。
何か裏がありそうだな」
「呪われてるのかな」

中国では一時期、こんなうわさ話でもちきりとなりました。
このミステリー小説のような事件の舞台となったのは、
広東省深セン市にある
台湾系の大手携帯電話機メーカー・
富士康(フォックスコン、ハンセン2038)の工場。
この工場では、今年に入ってから自殺者が相次ぎ、
自殺を図った従業員は13人、うち10人が死亡しました。

同社を訪れた台湾の親会社・鴻海精密工業の
郭台銘会長は記者団に対し
「自殺は従業員個人の生まれ持った
個性や感情に起因するもので、
工場の管理とは無関係」と述べ、
会社の責任を全面否定しました。

しかし、一部の従業員は地元メディアの取材に対し
「ここでの生活は仕事と睡眠だけ」とか、
「現場の管理職は横暴だ」と口々に不満を漏らし、
香港各紙は「連続自殺の背景には、
軍隊式の管理の下でロボットのように扱われ、
低賃金で長時間の作業を強いられる労働環境がある」
と強く批判しています。

富士康はアップルやソニーなど
大手メーカーの電子機器の受託生産を行う
EMS (Electronics Manufacturing Service)世界最大手の会社。
この工場では農民工(のんみんごん、出稼ぎ労働者)を中心に
42万人が働いており、
「世界の工場」の中心地・珠江デルタ地区の中でも
代表的な工場でした。

富士康がEMS業界の厳しい競争を勝ち抜いて
業界最大手になった背景には、
顧客の注文に迅速に対応し、
短期間に大量生産するビジネスモデルと、
それを支える高度に発達した
労働集約型の生産体制を武器に
多くの顧客を獲得してきたことがあります。
しかし、一方でそのビジネスモデルを維持するために、
軍隊式の厳しい労務管理をしてきた、と言われており、
今回の連続自殺事件もそうした厳しい労務管理による
過度のプレッシャーが原因になったのではないか
と見られています。

富士康連続自殺事件の真相は、
調査の結果を待たなければなりませんが、
私はこの事件のニュースを聞いて、
農民工の安くて豊富な労働力を武器にした
中国の「世界の工場」というビジネスモデルは、
いよいよ終焉を迎えたと感じました。

今回の自殺者は全員、改革開放政策の下、
一般的に甘やかされて育ち、
打たれ弱いと言われる1980年以降生まれの、
いわゆる「80后(ぱーりんほう)」の世代。

今まで「世界の工場」は「仕事はつらくても、
今日食べるものと寝るところがあるだけでありがたい」
と考える、彼らより上の世代の農民工が支えてきました。
しかし、「80后」の農民工は
食べて寝るだけで一生が終わっていくことが、
精神的に耐えられないようです。

こうした、主力となる農民工のマインドの変化により、
企業は労働条件の大幅な改善を余儀なくされて
国際競争力を失い、
中国の「世界の工場」モデルは終焉を迎えるのではないか、
と私は思います。


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2010年6月23日(水)

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