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115. 会社をやめてはいけない(1)

4月ごろの話です。
日本のとある友人に相談を受けました。
会社をやめようと思っているとのことでした。
相談ということなので、いろいろと話を聞いてみて、
私は彼に「まあ、気持ちはよくわかる。」とだけ伝えました。

このことを昨晩突然思い出し、今この原稿を書いています。
そんな数か月前の話を今さら書いているのは、
「気持ちはよくわかる。」
などとあいまいな答えをした自分に対する叱責と、
彼に対する本当のメッセージを書きたかったからです。

昔コンサルティング会社にいた頃、
「辞めてやる。」と、冗談じゃなく10回は思いました。
もっとも酷かったのが
とあるマネージャーと組んだプロジェクトでした。

そのプロジェクトが始まる前、
プロジェクトの最高責任者であるディレクターが私に言いました。

「キムくんもご承知の通り、
彼(そのマネージャー)の評判は良くないですが、
何かあったら僕に相談してください。」

優しい言葉でした。
当時私はコンサル会社の丁稚奉公、アナリストのポジションでした。
そして、そのマネージャーの通称は
“アナリストデストロイヤー(壊し屋)”だったのです。
彼と過去に組んだアナリストがことごとく会社を退職し、
途中でうつ病にかかって手が震えだして
ドクターストップがかかって2週間会社を休んだりと、
それはもう聞くだけど恐ろしい潰しっぷりだったのです。

そして、私の番がまわってきました。私もビビっていました。

結論からいくと、私もちょうどプロジェクト3カ月目ぐらいで、
精神的にかなり追いつめられました。
そのプロジェクトは地方のものだったので、
我々は1日ほぼ20時間近くを一緒に過ごし、
ホテルの部屋で休む数時間だけが私一人のものでした。

ある日の木曜日の夕方、その地から東京の自社オフィスに戻る途中、
私は過度のプレッシャーで意識がぼやーとして、
駅のホームで載るはずでなかった電車に
吸い込まれるように乗り込んでしまいました。
もう完全に心が「逃げたい。」と言っていたのだと思います。

ふと気付いたのは、そのマネージャーが電車の中まで来て
「おめー、なにやってんだよ。」と怒鳴った時でした。

忘れもしない、次の日の金曜日の夜、午前3:15。
本社で社内ミーティングを開いている時、
あまりに仕事の成果と関係ない
私個人への侮辱とも思われる激しい言葉の暴力に、
まさしくキレた私は彼に大声で怒鳴って切り返しました。

「仕事の成果や
私のプロフェッショナルとしての成長につながるアドバイスなら
どんな汚い言葉でも受け入れます。
しかし今あなたが言ってることは、
仕事とも成長とも関係ないじゃないですか!」

彼は一瞬黙って、こう言いました。

「てめー、上等じゃねーか。」

ヤクザみたいでした。
その後、プロジェクトの進行に
大きな影響を与えてしまった責任を感じて、
ディレクターに朝の4:30までかかって長文のメールを書きました。

私にとって、その日の夜がひとつの限界点だったわけです。

不思議なことにその日を境に彼は変わりました。


2009年6月8日(月)

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