今から十四、五年前、私は海外に進出する日本企業のために台湾に工業団地の建設をしたことがあるが、一例をあげれば、その中の一社に箸をつくる会社があった。日本人の使う箸は、中国人の使う箸と違って、先のほうがとがっている。箸をつくる幅に材木を切断することは機械でできるが、材木の加工をするにあたって先をとがらせる工程が機械ではできなかった。秋田とか、若狭で加工していたのが、人手不足と労賃の値上がりで、私の工業団地に引っ越してきたのである。旋盤を使って箸の先を削る仕事は猛烈な挨りが立つので、台湾でも敬遠されたが、過疎地に声をかけて、多少高めに賃金を支払えば、まだ何とか人を集めることができた。工場の最盛期は手作業で月に一○○万膳の箸が生産され、資本金に対して一○○パーセントの配当が支払われたこともあった。
しかし、いいことはそう長くは続くものではない。あるとき、日本の問屋からの注文がプツリと途絶えてしまった。どうしてだろう、と首をかしげながら、箸会社の総経理が日本へとんでいくと、浜松の近くに新しい箸の工場ができたという情報が耳に入った。住所を突き止め早速、訪ねていくと、小さな工場で、新しい自動機械の前に中年の女の人が座っているだけで、あとは機械がすべての作業をこなしている。「何膳くらい一日にできますか?」ときいたら、「そうですね。三万膳くらいですかね」といわれてびっくりしてしまった。今まで台湾の工場で一○○人使って朝から晩まで働いていたのが、未熟練のオバさん一人ですんでしまうのである。先のとがった箸だから、これまでは材料の節約をするために、材木を切断するときに、最初から一方を幅広く、一方を細く切断していたが、機械にはそんな器用なことができないから、同じ太さに切断し、次の工程で自動的に先のほうを細く削るように機械に教え込んでいる。チークとか、オークとか、黒檀とか、質の硬い材木は、年とともに値が高くなっているけれども、いくら高くなったといっても、労賃が高くなったほど高くはなっていない。日本に比べて労賃が三分の一の台湾で一○○人の女工を集めてやっとできた作業工程を一人でこなすことができれば、労賃に三倍どころか、十倍支払ったとしても、ずっと低コストで物ができてしまうのである。
この一例をみてもわかるように、トヨタのカンバン方式という在庫ゼロ運動とか、労賃を節約するオートメ化を追求していくと、労働力の生産性がところによっては十倍も二十倍もあがるようになる。その代りオートメ化のための機械設備がふえるために、減価償却の費用もふえる。もちろん、そうした出費をカバーしてあまりあるからこそオートメ化がすすみ、いったん海外にせっせと引っ越していた工場に「待った」がかかったのである。
かつて労賃の高くなった国から工場が労賃の安い国に移り、やがてそこでできたコストの安い製品が逆輸入される現象を「ブーメラン現象」といったが、オートメ化の可能な分野では心配されていたブーメラン現象がピタリととまってしまったばかりでなく、いったん進出していた工場を閉鎖してまた日本へ戻るという逆ブーメラン現象すら現われた。無人化によるコスト・ダウンが発展途上国の税率をオーバーするほど進めば、高い関税障壁を乗りこえても、何とか引き合うところまで漕ぎつけたのである。

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