中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第31回
税金のとり方一つでも職人と商人は違う その2

蘇州に行くと観光名所の一つに「拙政園」という大豪邸がある。
ガイドの説明によると、明の嘉靖年間に
御史の王献臣が取り立てた税金を
ピンハネしてつくったものだそうである。

庭園が完成しないうちに悪事が露見したので、
工事は未完成のまま今日に至っているが、
「拙政園」とは、つけもつけたりの名前ではなかろうか。
そういえば、中国の一口咄で最も多いのは
役人の汚職をテーマにしたものである。
たとえばこういうのがある。
長官の誕生日がきたので、
土地の人たちが実物大の黄金のネズミを長官に贈った。
長官が子年生まれだったからである。

長官は黄金のネズミを見るとたいへん喜んで、
「とてもいいプレゼントをくれて有難う。
来月になると家内の誕生日がくる。
家内は丑年生まれだからお忘れなく」。

また次のような笑話もある。
人事異動になったので、
お役人が引越し荷物を片づけていたら、
知らない老人が家族たちのなかに紛れ込んでいた。
「あなたは誰ですか?とお役人がきいたら、
「わしはこの土地の土地公(土地の神様)だ」と答えた。
「どうしてここへ来た?」
「あなたがいた間に土地という土地を
みな剥ぎとってしまったので、
わしの住むところがなくなった。
仕方がないからあなたについて行くことにしたんだ」

農業社会では年々ほぼ同じ収穫しかない。
その収穫をみなで分け合うのだから、
権利者や地主がよけいにとれば、
その分だけ農民の取り分はなくなる。

そういうなかに割り込んで
自分たちの取り分をふやそうとしたのが商人たちであり、
それを取らせまいと肘を張ったのが時の権力者である。
権力者と商人は対蹠な立場にあるから
お互いに協力するよりはお互いに利害を異にした。

権力者が強権を発動して自分らの分配分を微発するのに対して、
商人たちは流通の過程で自分らの取り分を手に入れようとする。
無いところへ有るところから運んで「有無相通ずれば」
付加価値が生じてその差額を稼ぐことができる。

飢饉に際してうまく立ち回れば思わぬ暴利を貧ることもできる。
権力者はたいてい、商人のそうした狭猾さをついて
商人を悪者扱いにするが、商人のおかげで物流がよくなり、
経済がスムーズに動いていく面のあることも
認めないわけにはいかない。
したがって商人を重用し、その力を借りることができれば、
支配者にとってプラスになったと思うが、
商人たちは封建的な秩序の破壊者として
目の力夕キにされることが多かった。

西欧でも最も進歩的な役割をはたしたのは商人たちであり、
王侯貴族から統治権を買い取って
都市国家をつくったのは商人たちである。
その点では、アジアの歴史も決して例外ではないが、
専制的官僚制度が長く続いた分だけ
商人を卑しめる気風は中国でも長い。
にもかかわらず、商人たちはしぶとく生き抜いてきた。

そのしぶとさと融通性こそ中国的性格を
代表するものといってよいだろう。
だからといって、すべての中国人が
商人的センスの持ち主だということではない。
中国人の大半は今も農民だし、
商才など大して持ち合わせているわけでもないが、
日本の農民がより職人的であるのに比べれば、
中国の農民はより商人的性格を持っているということはできよう。

このことはお役人にも通ずるし、職人や商人にも通ずる。
日本人全体が職人的である以上、日本の役人も職人的発想をする。
物をつくることが大切と思っているから
役人はいつも生産者の見方をする。
これだけ物が溢れる世の中になっても
決して消費者の側に立って物を考えるようなことはしない。

その点、中国では役人も利にさといから、
ソロバン片手に物を考える。
役人にもコスト意識があるから
商人たちがどのくらい儲けているかすぐにわかるし、
それならば、自分たちにも分け前をくれといって、
それが汚職につながっていくことになる。





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2012年9月7日(金)

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