中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第39回
これほど政府を信用しない国民も珍しい その3

たとえば、百五十年に及んでイギリスに統治されてきた香港は、
一九九七年六月を限りにイギリスから
中華人民共和国に引き渡される。

中国側は「一国二制」を採用することによって、以後五十年間、
香港で資本主義体制を維持することを英国政府に保証している。
これは天下周知の事実であり、
「中国は国際的に約束したことを破ったことが一回でもあるか」
と声を大にしているが、香港住民で中国政府の言うことを
額面どおり信用する人はあまりいない。

さもなければ、香港の株や不動産がサッチャーの一言で
あれほど大暴落するようなことは起こらなかっただろうし、
外国に移民する人があんなにたくさん
現われるようなことにはならなかったであろう。

先進国の分類に入らない国では、
どこの政府も民衆から信頼されていないのが普通だが、
中国のような超大国で自国民から信頼されていない国も珍しい。

もちろん、中国人が胸襟をひらいて、
本当に自分の思っていることを
他人に披露するようなことは滅多にない。
だから中国人が自分たちの政府に対して
どんな感情を持っているか日本人が聞き出すことはできない。

仮に本当のことを打ち明けられたとしても、
にわかには信じられない。
日本人の心の中にある
政府像とあまりにもかけはなれているからである。

日本の国には日本の政府がある。
日本の政府は国民の選挙で選ばれた人々によって運営されている。
政府が国民のために奉仕するのは
当然のことだと日本人は考えている。

現に農民が「米を一粒たりとも輸入してくれるな」
とムシロ旗を立てて、国会議事堂を取りまいてデモをやれば、
「米は一粒たりとも入れない」と国会は決議するし、
繊維業者が過剰生産で業界全体が倒産に瀕していると訴えれば、
国家予算を使って老朽設備を買い上げてくれる。

湾岸で戦争が起これば、
中東まで日航機を飛ばして日本人の引き揚げに力を貸してくれる。
これだけ至り尽くせりのことをやってもらっても、
日本人は自分らの政府のことをそう有難いとは思っていない。
政府がそういうことをやってくれるのは当たり前のことだ、
と思っているからである。

それどころか、学校で、国旗をあげるについても、
また国家を唱うことについても、
文部省の命令にそむいて実行を拒否している学校がたくさんある。
戦争中の軍事主義時代に、
御真影や愛国精神を押しつけられた反動だろうが、
そういう日本人でも国を離れて外国に住むようになると、
国が恋しくなって、
港に入った日本船の日の丸の旗を見ただけで、
あるいはオリンピックで君が代の
メロディが聞こえてきただけで涙ぐんでしまう。

そういう日本人でも、
政治家の汚職記事を新聞紙上で読まされると、
政治不信におちいることがあるが、すぐにそのことを忘れる。
基本的に日本人は政府を自分たちの政府だと思っている。
それだけ政府を信用し、
政府の言いなりになっているところもある。
その代わり、日本人のうしろにはいつも政府がついている。

外国に行く時も政府に守られて出ていく。
満州事変や日中戦争のころの日本人は、
日の丸の旗と関東軍に先導されて中国に乗り込んだ。
敗戦によって軍隊が解散されてからは、
さすがに武力をたのむことはできなくなったが、
それでも政府がうしろ楯になっていなければ、
心細がって国の外へ出て行くこともできない。
その点、中国人は政府をうしろ楯にするどころか、
政府の干渉から逃れるために外国にとび出す。

近年、台湾から大陸へ進出した企業は、
台湾政府の目をかすめて進出したが、
その分だけ大陸政府が力になってくれているわけでもない。
政府があまりあてにならないので、
中国人はどこにいようと、政府の庇護などあてにしない。
自国に居ようと、外国に行こうと、自分で自分を守ろうとする。
そこに、国家権力の傘の下でぬくぬくと生きている人間と、
国家権力を全くあてにしないで生きている人間の違いが見られる。





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2012年9月15日(土)

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