中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第68回
共産主義の一番似合わない国民 その2

中国大陸では一九四九年に共産党政府が成立して以来、
すでに四十数年の歳月がたっている。
この間、政府の要人たちが
共産主義的な管理経済の欠陥に
全く気がつかなかったわけではない。

要人たちも基本的には中国人であり、
計算高くて利己主義的なことにおいては人後におちないのだから、
打算を無視して一律に平等を押し付ければ、
生産効率に悪い影響を及ばすことにはうすうす気づいていた。

それが思うように手直しできなかったのは、
一つには共産党自身が内部の権力争いに追われていたからであり、
もう一つには自分らの拠り所としてきたマルクス主義との矛盾を
どう解決してよいかわからなかったからである。

ただ、少なくともとう小平か、
一連の開放政策を推進してきた
胡耀邦とか趙紫陽とかいった現実派の人々は、
中国人の利己主義を抑え込むよりも、
利己主義をうまく誘導して
生産効率を発揮させる必要性を痛感していた。

だからまず四川省で、
「農民は自分らに割り当てられた供出分をこえる農産物を
自由に売ってよろしい」というおふれを出したところ、
都会地のそちこちにたちまち自由市場が出現し、
農民たちが自分らのつくった野菜や果物を持ってきて並べると、
配給品を売っている国営市場よりも倍、
あるいはそれ以上の高値であるにもかかわらず
とぶように売れるようになった。

それッというので、
農民たちの生産意欲が一挙に燃え上がり、
たちまち全国に燎原の火のように拡がっていった。
食糧の輸入国だった中国は一転して食糧を自給できる国となり、
仮に国際的に孤立するようなことになっても、
少なくとも十ニ億人が飢えないですむ体制は一応できあがった。
このへんが、体制の崩壊に直面した本家本元の旧ソ連と
根本的に違うところだと言ってよい。

これは、 共産体制の常識を裏切る驚くべき変化である。
「義務づけられた数量をこなしたら、
あとは自分のポケットに入れてよろしい」といわれただけで、
中国の農業は一挙に蘇ったのである。





←前回記事へ

2012年10月14日(日)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ