中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第100回
中国人と韓国人の区別もつかない日本人 その4

朝鮮半島の人々は過去において、
日本と中国の間に挟まれてさんざ苦杯を嘗めさせられてきた。
わけても日本に痛めつけられた歴史が長いので、
日本人に対する怨念にはただならぬものがある。
だから、事あるごとに機会をとらえては日本人に謝罪を要求する。

日本人もまた謝ることは嫌いでないとみえて、
何回でもその要求にこたえる。
韓国人と中国人の区別もつかない日本人は、
そうした韓国での光景を思い浮かべて今度、
天皇が中国へ招待されたら、
きっと同じような目にあわされるんじゃないかと心配をする。
この発想はどう考えても現実と遊離している。

もし中国人が日本人を謝らせたかったり、
もしくは公の場面で恥をかかせるつもりだったら、
そもそもいま頃になってからやるわけがない。

日本軍が無条件降伏をした時に、
いくらでもその機会はあった。
そういう時に、「怨みに報いるに徳を以てす」と言って
日本人を無罪放免したのは、蒋介石だからそうやったのではない。
蒋介石が中国人を代表してそう宣言しただけのことである。
すぐお隣りに住んでいながら、
こうも隣人のことを知らないのかと改めてびっくりさせられる。

中国人は義理人情をお金と同じくらい大切にする国民である。
日本人と違って怨みはなかなか忘れないが、
恩義に報いることはよく心得ている。
でなければ、日本の政界で
全く影響力を持たなくなってしまった田中角栄元首相を
日中国交回復二十周年にあたって
わざわざ家族ぐるみ北京に招待するようなことは
やらないであろう。
「井戸を掘ってくれた人のことを忘れるな」
というセリフはダテにあるわけではないのである。

日本の天皇を招待するからには、
中国側がああしろこうしろと要求を出すことは絶対にない。
天皇を誠心誠意もてなして、
いい気分でお帰りになられるように、
国をあげてもてなすはずだから、
よけいな心配は一切無用だと私は言った。

はたしてそうなるかどうかは、
天皇の中国ご訪問が実現してみればすぐにもわかることである。
たったそれだけの判断もつかず、
まともに隣人ともつきあえないで、
一体、日本のオピニオン・リーダーは
何を考えているのだろうか、と疑いたくなってくる。

私に言わせると、それは過去にとらわれすぎて、
中国に起こっている新しい変化に対して
ほとんど無知なことに起因しているように思う。

日本の知識人たちはアジアに関心がないし、
アジアの動きをよく見ていない。
自分らに経済力があるから、それを武器にすれば、
少なくとも当分の間は自分らの優位を保つことができる。

しかし、これではたしてアジアの一員と言えるだろうか。
アジアのリーダー役がつとまるのだろうか。





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2012年11月16日(金)

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