“蕎麦屋酒”の著者がプロ顔負けの美味探求

第510回
馬頭の里山で遊ぶ会を発足

栃木県馬頭は、現在は那珂川町となっている。
ここで蕎麦栽培を最初に行ったのは1998年のことだった。
蕎麦栽培そのものを始めたのは、その2年前で、
茨城県奥久慈の大子。
ここは、奥久慈軍鶏の農場もある。

次が同じ奥久慈の山方。
こちらは、蕎麦栽培を勧めてくれた
鉾田の村屋東亭の渡辺維新さんが蕎麦栽培をしていて、
その隣の畑を農家にお願いして貸してもらった。
山方は高台にあって、なかなかいい立地条件の畑ではあったが、
参加メンバーが住んでいる宇都宮からは
1時間半以上片道かかってしまう。
それで、宇都宮にもう少し近い場所として、
馬頭の畑をやはり渡辺維新さんのつてで探してもらい、
川沿いの農家から借りることになった。

こちらの畑では随分長くお世話になった。
毎年素晴らしい蕎麦が収穫でき、
馬頭が蕎麦栽培に適しているということを、
身をもって知っていった。
そうしているうちに、道路整備計画で、
畑の一部を道路が突っ切る工事が始まり、使えなくなってしまった。
それで、芳賀町の畑へ蕎麦栽培活動は移った。
しかし、馬頭の蕎麦の品質が忘れられずに、
馬頭の地で農家の方とコラボレーションをしながら、
蕎麦を栽培することを思いついた。

そこで、馬頭の農家を色々なツテで探して、
ついに昨年から馬頭の山側に、とても良心的な農家をみつけ、
そちらで蕎麦の契約栽培をしていただくことになった。
契約栽培といっても、種蒔、土寄せ、
刈取り・天日干し、脱穀などの作業のうち、
参加できるときにはできるだけ我々も参加する。
参加が不可能なときだけ、
現地の住民の方々にアルバイトをお願いするというスタイルだ。

このような付き合いは、
農村の活性化になると、農家の方からも感謝された。
しかし、それ以上に、我々にとって、
のどかな田舎の原風景をいまでも残す馬頭の丘の中腹で
農作業を行い、自然に親しむことは、
自然との共生を目指した農業の奥深さを
よく理解できるようにもなり、とてもいい体験になっている。

そんな付き合いを続け、蕎麦栽培だけでなく、
蕎麦を刈ったあとの畑の隅で、
BBQなどの野外料理を愉しむキャンプなども行い、
ますます、馬頭の地が好きになってきた。
今年からは椎茸の原木栽培を始めたが、
畑の周りには森があり、
その木を使ってあずま家を作る計画もでてきている。

そのような経緯から、
いっそ馬頭での自然に親しみ、遊ぶ色々なイベントを統合して、
サークル活動を行おうということになった。
名称を色々と考えて、馬頭「里山創遊会」ということに決めた。
都会人で里山で遊びたい人たちが集まりつつある。
まずは、8月中旬に蕎麦の種蒔と、
椎茸の原木櫓の組み換えから、この活動は開始される。
今後の活動が愉しみだ。


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2006年8月11日(金)

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