死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第31回
自分自身に新風を吹かす法

そういった意味では、かつて年寄りの最大の武器であった経験は、
新しい時代を生きるについては、
威力を発揮しなくなっただけでなく、
むしろその人を第一線からはじき出すカとして
働くようになってしまった。
経験を積むと、人は経験に頼りがちになり、
何事も自分たちの経験をもとにして判断するようになる。
その分だけ好奇心がうすれ、探求熱が醒めてしまう。

料理屋に行くにしても、
行きつけの店を順ぐりにまわるだけで、
次々とできる新しい店とはほとんど縁がなくなる。
つまり自分の行動半径がきまってしまうし、
生活のスタイルも固定してしまう。
そういうルールに自分を馴染ませてしまうと、
新しい変化に対応する能力がしぜんと失われてしまうのである。

それを避けようと思えば、
経験に頼ることをやめなければならない。
経験に頼るどころか、「経験が人間を駄目にする」と
自分に言いきかせなければならない。
これは容易ならざることであろう。
若者は何事もはじめてやるから、
何事に対しても経験者ではない。
経験がなくても、新しいことに挑むことはできる。
好奇心を持ち、情熱を持ち、いくらかの用心深さと、
それをオーバーした冒険心を持って、挑戦をする。
たまたまやろうとしていることが今までになかったことであり、
やる人も今までにやったことのない人だから、
今までとは違った結果が出てくる。
同じことを経験者がやるにしても、
今までになかったことをやるのだから、
経験にばかりこだわって、
臨機応変の対応ができなくなってしまう。
だから、社長がつとまる人でも、
新しい現場がつとまるとは限らないし、
自分にできないことは、経験者を使うより
未経験者にやらせるほうがよい。
そのほうが成功の確率が高いし、新鮮な結果も生まれる。

たとえば、新しい雑誌をつくる時によその雑誌社から、
編集の経験者を集めてきてはいけない。
そういうやり方をしたら経験に頼りすぎて、
今までと同じような、
代わり映えのしないものしかできなくなってしまう。

私は台湾で一番よく売れる経済雑誌を経営しているが、
新聞社や雑誌社の古手を引っこ抜くかわりに、
私のレストランで経理部長をつとめていた
ズブのシロウトを責任者に持ってきた。
雑誌についてはまったくの無知に等しかったが、
こういうところに狙いを定めてやってくれと指示すると、
その場ではすぐに反応しないが、
四、五カ月すると、どうやら私の要求を具体的に形にしてくれた。
それは今までの台湾のジャーナリズムには
見られなかったことであるから、
雑誌が出ると、新風が吹き込んできたような
印象を読者にあたえた。

そういう新風を自分自身にもたらそうと思えば、
体験してすっかり身についてしまったことをやめることであろう。
年をとると、なかなか転換が難しいというが、
それは同じーつのことをあまりにも長くやりすぎて
すっかりつぶしがきかなくなってしまったからであろう。
したがって年をとってから方向転換するのではなくて、
若いうちからしょっちゅう新しい仕事に挑戦をしておれば、
年齢に関係なく、対応の要領が身につき、
自分自身がいつも新鮮な気分で
新規の開拓ができるのではないだろうか。

とにかく変化の激しい時代になると、
経験はほとんど自慢にならなくなってしまった。
とすれば、年寄りが若い者に
自慢のできることはますます少なくなってしまう。
誰にもプライドというものはあるのだから、
経験が自慢にならなければ、
ほかに自慢になりそうなものを
新しく見つけて来なければならない。
若い人たちにも敬服されるような「柔軟な頭脳」と
「計画を実行に移せるだけの実力と信用」が
何とかして身につかないものだろうかと思う。





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2015年1月30日(金)

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