死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第58回
将来に不安があれば、誰でも、貯蓄の精神が生まれる

日本の経済社会には、会社という独特のシステムがあります。
中でも、いわゆる一流会社は給与体系がしっかりしているし、
給料も高いので、学校を出るとみんなそこに就職したがる。

この傾向は、昭和三十年代のはじめ、
日本が高度成長期にはいるかなり前から、
ずっとつづいています。

たとえば東京海上火災なんかは、
給料がいつでもいちばん高いから、
誰もがはいりたがります。
そういう会社は会社自体が儲かっていますから、
福祉関係もしっかりしているので病気をしても、
自分で金を払わなくていい。

社員住宅も立派なのがあって、家賃も安い。
会社をやめないかぎり、至れり尽くせりで、
生活が保証されているわけです。

そうなると、温泉にはいっているようなもので、
貯蓄の精神なんかなくなってしまいます。
一万円で住める社宅があったら、
毎月十万円も二十万円もローンを払う気がしなくなる。

そんなことまでしなくていいじゃないか
という気持ちになってしまうわけです。

ところが、三十年代に中小企業に勤めた人たちは、
いつ会社が不渡りを出して つぶれるかわからない。
給料は、大企業の人に比べれば三分の二か
半分くらいだけれども、
会社の将来に不安があるから、
節約してせっせと貯蓄をする。

貯蓄だけじゃなく、
独立自営の道も真剣に考えるようになるんです。

たとえば、実業畑で新聞社出身の人は
圧倒的にサンケイ出身が多い。
こう言うとサンケイの人は苦笑いをするけれど、
新聞社の中で、サンケイの給料がいちばん安い。
いちばん高いのは朝日新聞です。

おもしろいもので、実業をやってる人で、
「私は朝日出身です」
という人にはめったに会ったことがありません。

事業を始めればかならず成功するわけではないけれど、
朝日にいて、定年までぬくぬくとしている人は、
それだけで終わってしまう。
サンケイにいて、早くから独立を考え、
それを実行した人のほうが、
結局は金回りもよくなるし、立身出世もします。

ですから、金持ちになりたいと思ったら、
一流企業にはいるのはあまりトクじゃありません。
ただし、仕事本位に考えれば、また話は別です。
ベンチャービジネスの社長さんたちを見ればわかるように、
前の職場でおぽえた技術で独立している人がほとんどです。

コンピュータ関係のような先端産業的な分野では、
やっぱり、一流企業の技術はすすんでいます。
三流、四流の会社にはいっておぼえた技術では、
独立したとき通用しないおそれがたぶんにある。
ですから、一流企業で勉強してから
独立するのもひとつの方法ではあります。





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2013年5月29日(水)

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