第1133回
■LさんからのQ(質問):友達とは・・

こんにちは、Q先生。
50才を越えたこの歳でこのような質問をすることは、
すこし情けないことでも有るのですが、
友人とは、友とは(?)どういった人なのでしょうか??

友は年代、状況において変わっていくこともありますし、
又、幼少の頃からの変わらない人もいます。
ただ、この年代でしょうか生き残りを賭けたシガラミに、
あらがいながら徒花のように消える友情の場面にも遭遇します。
要は権力(利権)を持たない個人間には
固執する個人の利害(蜘蛛の糸)のようで、
だけでは・・つまらないと・・。

人が誠意以外で人をあつかうなら、
この世の中は真に意味の無い世界だと想うのですが、
それ程の執着を私には理解できません。
建某述策(?)は想案する当事者に私心を越えた誠実があれば
まだ救われるといおもうのですが・・
丁寧な行き方がほかにあると信じる50代です。


■QさんからのA(答え)

誰でも信用のできる友人を持ちたいと考えます。
しかしまた、自分が信用していた人に裏切られるということも
しょちゅうあることです。
その度に地団駄踏んでも仕方ないので、
そういうことがあるということを前提にして
人と付き合うということも必要です。

戦国時代に生きた武将たちは
それこそいつ寝首をかかれるかわからないということがあって、
しょっちゅう自分の部下を疑わなきゃいけなかったんです。
したがってその時代に自分の部下を何で評価するかと言うと、
頭がいいとか、知恵があるとか
素早く対応できる人が本当は欲しいんだけど、
そういう人は知恵がある分だけ寝返る可能性が高いので、
一番大切にしたのが誠実な人じゃないかと思うんです。
ところが誠実な人は馬鹿の一つ覚えで
言うことは聞いてくれるけども、
なかなか融通のできないところがあって、
上に立つ人はみな頭を抱えたに違いありません。

そういう意味ではどちらがいいかということではなくて、
誠実さもあれば頭もいいというのが一番いいんだけど、
ないものねだりをしても仕様がないので
その辺の所は自分が
ちゃんと対応できるようにしなければいけないと思うんです。
学生時代の友人だって、いつまでも友人でいてくれません。
歩く道が違ってくると、話が合わなくなるんです。
孔子も言っているでしょう。
「道を同じくしない人を友とするなかれ」と。


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