死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

最終回
不動産は身を守る最大の味方

大きな会社のことはさておいて、
私たちの小さな事業についても、スケールに違いがあるだけで、
まったく同じことが起きている。
喫茶店やレストランをひらく時は、
たいてい資金も充分でないから権利金や敷金を払うのがやっとで、
不動産にまではなかなか手が届かない。

しかし、少し余裕ができたら、借金など気にせずに、
借入金を起こして土地・建物を手に入れておくことである。
東京のように不動産が高くなって
二十坪の店でも、三億円も五億円もするようになったのでは、
もはやほとんど絶望に近いが、
地方都市に行けば、少々無理をすれば、
まだ何とか手に入れることができる。

家賃だけですむのに比べれば、
倍もお金がかかるかもしれない。
しかし、このお金は積立貯金をしているようなもので、
積立貯金よりずっと有利な投資でもある。

定額の貯金は、多少の利息がついたとしても、
元金そのものがインフレで目減りをするが、
不動産の場合は、五年にーぺんか、十年にーぺん、
突然、長い眠りかり醒めたように、
値上がりをはじめるからである。

自分が事業用に使っているスペースは
できるだけ手に入れるように心がけることが
事業を安泰にする最も有効な方法なのである。

自分の仕事場は事業の性質上、
賃借でやるよりほかない場合もある。
そういう人は事業場を手に入れなくとも、
マンションなり、自分の住む家なり、
あるいは、賃貸用の物件なり、
ともかく不動産を手に入れるように心がけるとよい。

レストランをやっていようと、美容室をやっていようと、
会社の事業目的の中に
「不動産の取得、賃貸、管理」という一項目を付け加えて、
不動産を取得すれば、
さきに述べたように、節税の役にも立つ。

気がついて見れば、会社にかなりの含み資産ができ、
そういうことに一切無関心で
何の手も打たなかった人に比べて大きな差をつけることになる。

ただし、含み資産は、いくらそれが大きくなっても
それほど役に立つものではない。
堤義明とか、森泰吉郎とか、いった人々は
不動産の値上がりによって世界で一位とか、
二位の大富豪になったと新聞は報じているが、
含み資産が大きいということは
倒産する心配がないというだけのことであって、
事業がうまく行っているかどうかとも関係がないし、
事業家として尊敬されているかどうかということとも関係がない。

ましてその人の個人的なしあわせとは
ほとんどまったく関係がないのである。
したがって人生の幸福を論ずるならば、
多分また別の角度からの切り込みが必要になろう。

しかし、含み資産はふだんはあまり役に立たないとしても、
事業が左前になった時には、
思わぬ威力を発揮する。
新しい事業は山のものとも海のものともわからないものだし、
それだけに新しく事業をはじめるとき、
私は設備とか、流通資金などは
原則として個人のポケットマネーのなかから
支出することにしている。
資本金を使って敷地や建物まで賄えれば
それにこしたことはないが、
万一不足をした場合でも銀行から借りることに踏踏したりしない。

うまく運べば借入金の返済がすんなりできるし、
うまく行かなかった場合でも、
五年、十年も時間がたつうちに
不動産が値上がりして
かなりの含み資産になっていることが多いからである。

今までに何回も会社を潰し、閉鎖をしたが、
他人に迷惑をかけないですんだのは、
不動産を買っておいたために
ふくれあがった含み資産で
赤字分を埋め合わせることができたからである。

つまり不動産とは、自分の住む家とか、自分の事業所とか、
実際に使うだけのスペースがあれば、
あとはなくても支障はないが、
いざというときに、
私たちの窮状を救ってくれる最大の味方である。
それを商売にしてドンドン拡大して行けば、
大金持ちになるチャンスにも恵まれる。

しかし、そういうことにあまり気をとられていると、
自分が人生において何をやりたいかを忘れてしまう心配もある。
また人に尊敬されることとは何か
ということをつい後回しにしてしまう。

「この土地はオレのものになったぞ」
と地図の上の色を塗りかえるために
一生を棒にふったというのでは、
いかにも情けないことではないだろうか。

だから、不動産に夢中になるのもほどほどにと
私は自分自身を戒めているが、
事業をはじめて少し収益に目鼻のついた人には
不動産に関心を持つことをすすめている。
それが自分を守る最も安全で確実な方法だと思っているからである。

邱永漢「不動産が一番」完結





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2013年10月19日(土)

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