至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第38回
『万代家』、鳥つくねの恩返し

長い間、私には憧れの居酒屋でした。
『万代家(もずや)』には、凛とした
男気のある空気が漂っているのです。
ご主人は誰に対しても礼を尽くして迎えてくれますが
だからなおさら、若い頃はなんだか申し訳なく
「大人になって出直そう」と
機が熟すのを待っていたのです。

そろそろいいかな、と再訪したのは1ヶ月ほど前。
古い柱時計の振り子を眺めながら、
私もようやく一人前になった、と自己満足して
調子に乗って
すぐまた、ひとりで行ってしまいました。

広い店内ですが、ここはやっぱり
奥行きのあるカウンターに座ります。
作務衣姿のご主人ともうひとりの板前さんが
無口に、無駄のない動きで
テキパキと仕事する姿にほれぼれしながら
飲むのがいい。

つまみで外せないのは、鳥つくね。
にらのたっぷり入った、
やわらかで、焦げ目の入り具合が絶妙な一品です。
3串あるので、私の場合
ひとつはそのまま(たれつきです)、
次は山椒、最後は七味と3つの味で楽しみます。
これが忘れられなかった、と
カウンターから告白すると
味のある笑顔でご主人は言いました。

「この店は、前の場所で10年、ここに移ってもう20年。
鳥つくねは、最初はごく普通のつくねでした。
全然(注文が)出なくて、
このまま終わるのは悔しいってんで
連れと東京中食べ歩いたんですが、
これだというつくねになかなか出合えなかった。
ある日、たまたま新宿で友達と会った帰り、
新宿の伊勢丹の裏の小さな飲み屋に入ったら
そこのつくねが、それはそれはうまかったんです。
目から鱗、ですよね。
その店では、にらを巻き付けてあったんですが、
それを刻んでもいいんじゃないかって
工夫して、今のこのつくねになったんです。
探していたときは、あんなに探してもなかったのに」

目から鱗のつくねの店は
老夫婦がふたりで切り盛りしている小さな店。
後になって、ご主人がお礼に伺ったときには
店は無くなっていたそうで
周りの店にたずねてみても行方はわからなかったとか。

そのご夫婦が、もし
『万代家』のつくねを食べたら
何と言うのだろう。
食べに来てもらえるといいですね、と
思わず、あてのない夢を私が口走ってしまうと
ご主人は静かに笑っていました。

残念ながら、『万代家』は3月いっぱいで
閉店してしまうそうです。
せっかく大人になったのに。
惜しいと言うには寂しすぎるお知らせですが
せめてもう一度、
あの鳥つくねを食べに行かないと。


■万代家(もずや)
東京都豊島区池袋2-50-8 TEL 03-3986-2051


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2004年2月11日(水)

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