至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第54回
北京へ。ある若いコックの決断

今春、北京でオープンする予定の
邱永漢先生のイタリア料理店『イル・ミリオーネ』。
このリストランテのシェフを務めることになった
泊義人さんが、
2月の初めに日本を発ちました。

邱先生からいただいたこのお話を、彼に伝えたのは
昨年12月の金曜日。
月曜までにお返事を、と期限を決めながら
でも心が決まったらいつでも電話してくださいと
つけ加えました。
すると日曜日、携帯電話を見ると
泊さんからの着信履歴がいくつもあったのです。

あわててかけ直すと、彼は
「ぜひ前向きに考えさせてください。
一度会ってじかにお話ししたいです」
と答え、さっぱりした声でこう言いました。

「家に帰ってからもずっと考えてて、
ある時ふと思ったんです。
あれ、俺は何を悩んでるんやろって」

いえ、悩むのは当然です。
たしかに彼はシェフとして店を構えることを
目標にしている人でしたが
でも、イタリア料理のコックにとって
日本でなく、ましてやイタリアでもない
北京という場所は、
正直言ってまったく予想外だったでしょう。

話を伝える私は、こう考えました。
今目の前にあることがすべてではないんじゃないか、と。
誰かの後を行くのでなく
新しいことを始めるときは、真っ白な雪原に
足跡をつけるようなもので
北京という場所は
今、私には想像がつかないけれど
5年後には
誰かの足跡がたくさんついているかも知れない。
本人には言いませんでしたが
泊さんには、
誰よりも最初に足跡をつけるような、挑戦という言葉が
とても似合う気がしたのです。
もちろん、決めるのは彼自身です。

彼は決断しました。
理由を訊ねると
慎重に言葉を選びながら、こう答えたのです。
「一瞬、一瞬、今を生きていたいと思ったんです」
イタリアで3年間修業した後、帰国してからの
彼なりのさまざまな思いが
込められた言葉です。
そして、
「今思えば、話をもらった日から
気持ちは決まっていたのかもしれない」
と笑いました。

旅立ちを控えたある日、
彼の表情には迷いも、不安もなく、
それどころかいつもより少し饒舌で
心底楽しそうでした。


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2004年3月4日(木)

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