至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第57回
蔵元訪問・天の戸2 土地の恵み

『天の戸』では、
地元の酒米(酒造好適米)を使っています。
当然でしょ? と思うかもしれませんが
これが意外にも、当たり前のことではないのです。
よく「地酒」といわれますが
酒米はボーダーレスに全国各地を駆けめぐるもの。
たとえば今、酒蔵の多くが、買えるものなら
兵庫県を主な産地とする
酒米の最高峰、山田錦で造りたがります。
もちろんおいしいからなんですが、
飲み手にしてみても
山田錦とラベルにあれば高級酒だと言う人がいたり
ブランド化の傾向も否めません。

『天の戸』では、地元の酒米研究会が育てた
美山錦や吟の精、亀の尾といった酒米を使います。
蔵人は全員農家。
森谷杜氏を含めた何人かはこの会のメンバーでもあるため、
「今年の亀の尾は○○さん」
「大吟醸に使った美山錦は○○さん」
と、酒米を使うときにすべて顔が浮かぶのだとか。

仕込み水も地元の湧き水です
つまり、酒米を育てたのと同じ水で
日本酒が造られるということ。
相性の悪いはずがありません。
この湧き水をひとくち飲ませていただくと、まるみのある
やわらかなお水でした。
この軟水があるから、『天の戸』は
辛口でも口あたりが優しくなるのだそうです。

地元の米があり、水があり、人がいてできる日本酒は
まさに子どものよう。
麹室(こうじむろ)で50〜60時間も寝かせ、
完成した麹の甘みと酸味、
いろんな表情を見せる酒母の泡、
三段仕込みの過程で発酵する、もろみのプチプチという音……。
2、3時間ごとに子の寝顔を見て、体温を測り、
ご機嫌をうかがう。
厳寒の蔵で、彼らは日本酒という生きものを
祈るように育てているのです。

ところでここは、人の集まる蔵でもあるようで
この日は、蕎麦職人が『天の戸』の仕込み水で蕎麦を打つ
総勢30人の宴会準備が着々と進んでいました。
「イカワさんも食べていけばいいのに」
と気の毒そうに言ってくださって、後ろ髪を引かれつつも
しかし私は夕方から別の新酒試飲会を控えていて
参加することはできませんでした。
テーブルには採りたてのたらの芽もあったというのに。

森谷杜氏は、気さくに
「今度またゆっくり来てください」
と声を掛けてくれましたが、その言葉は社交辞令でなく
酒造りの現場をちゃんと見て欲しいという
真剣な思いが込められているように感じました。
「酒造りはほんのちょっと来て覗いただけじゃわからない。
象の鼻を触って、その姿を想像するのと同じです」
と、またまたいいことを言う。

その後
仕込み水と、『天の戸 美稲 杜氏直汲』を購入して
東京で飲みました。
うす濁りのこのお酒は
素直に米の旨みを感じる、伸びやかな味わい。
蔵人のひとりが
「この蔵は、笑いが絶えない蔵なんですよ」
と言っていたのを、ふいに思い出します。


■『天の戸』HP 
http://www.amanoto.co.jp


ふっくらした麹


仕込み

 


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2004年3月9日(火)

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