至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第91回
路地にぽっかり、10席の宇宙

ひとことで言えば、揺るぎない人。
味も、料理への接し方も、たぶん人となりも。
それが東北沢のスペイン料理『バル エンリケ』の主人
星野伸一さんへの、私の印象でした。

最初はひとりで
カウンターの端っこに座りました。
塩梅のいい、いわしの酢漬けがものすごく気に入って
二度目はふたりで訪れ、リクエスト。
やはり、おいしかった。

星野さんはある時期から
こういう味を、みんなおいしいと思うんだという、
味のバランスが「わかっちゃった」のだそうで
(もちろん自分自身がおいしいと思うバランスでもありますが)
以来毎晩、一皿ずつ
きっちり一定の味を出しているときっぱり言います。
ちょっと驚きました。
もちろん理想はそうあるべきですが、でも
料理人も人間ですから
体調などに左右されることはあり得ることです。
しかし彼は、それも無いと言う。

たとえるなら
甲子園の決勝戦マウンドに立つピッチャーのように
食べてみろ!
という勢いで、お客さんに皿を差し出す。
それは自信というよりもむしろ、覚悟。
自分で逃げ道を断ち切って
一皿一皿、真剣勝負しているように見えました。

星野さんは、フランス料理から始めましたが
ひょんなきっかけでスペイン料理の厨房に入ったら
それが性に合ってしまったのだとか。
どんなところが? と訊ねてみると
「中華料理みたいなところが」
という返事がきました。
スペインのバルとかけて、中華料理と解く……?
その心は
「皿にちまちま飾ったりするんでなく
自分が味見したときと同じ味を、そのまま
すぐお客さんに出せる」
だそうです。

ソースは皿にかけるのでなく、素材にかける。
これは、星野さんが昔
育ててくれたシェフに教えてもらった言葉であり
今の彼の仕事の
芯になっている言葉でもあります。

『バル エンリケ』はカウンターのみ10席の店。
東北沢という、各駅停車の駅の街を選んだのは
このスペースの物件が、たまたまここにあったから。
手伝いの男の子はいるものの
料理をひとりで作るには、これが限界だそうで
「あと2席増えても無理」
と星野さんは首を振ります。
この店は、隅々にまで彼の哲学が貫かれている
星野さんの宇宙です。

ふと見れば
カウンター内の壁や収納扉に
可愛い子どもと赤ちゃんの写真がペタペタ貼ってありました。
お子さんですか? と訊ねると
ひときわ大きな声で
「ハイッ」
と星野さん。
この宇宙の太陽、でしょうか。


■バル エンリケ
東京都世田谷区北沢3-1-15 TEL 03-3468-0430


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2004年4月26日(月)

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