服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第890回
この世の楽園バスタブ読書

「やうつり」という言葉を知っていますか。
漢字で書くと、「家移」。
むかしは引越しのことを
「家移」(やうつり)と言ったのだそうです。
これもまた今はあまり使われなくなった
レトロ語のひとつでしょう。
私、その「やうつり」とやらを致しまして、
今年の夏休みはおあづけ。
夏休みは引越しの整理という
実に情ないありさまであったのです。
珍しいことですが
山にも行かず海にも行かず、
ただひたすらガラクタと格闘しておりました。

しかしそんな中にも
避暑の方法はあるもので、水風呂。
本当は庭にたらいを出して
行水といきたいところですが、
庭もなければたらいもない。
そうだバスタブならあるではないかと気づいたのです。
暑い時には水シャワーもよろしいが、
水風呂はさらなりであります。
もちろん水といっても好みの問題で、
ぬるま湯がよろしいというむきもあれば、
正真正銘の水という場合もあるでしょう。
それぞれの快適さと体調とに合わせることは
言うまでもありません。

身体を洗うというより「避暑」ですから、
バスタブの中で何もすることがない。
そこでこの世のもうひとつの愉しみをする。
水風呂の中で本を読む。
これほどの快楽が他にあるだろうか、
という気になってきます。
まさに極楽、極楽。
ラフカディオ・ハーンなどを読んだ日には、
頭の芯まで冷えてしまいます。
コーネル・ウールリッチなんかも、
かなりの効果を挙げてくれるでしょう。
私の好みは松本清張あたりでしょうか。
ただし読みふけってしまうと、
時間が経つのを忘れてしまうのが、
難といえば難でしょうか。
どうか読みすぎにはご注意下さい。

水風呂ではありませんが、
バスタブ読書を好んだ人物には
ロバート・キャパがいます。
そういえば長くバスタブに入っていると、
なにか写真か絵を飾りたい気持になってくる。
あるいは観葉植物か。
いずれにしても
風呂をひとつの部屋と考えたくなってくる。
不精な私でさえ、
いつもきれいに掃除をしておこうと
思うようになるのです。


←前回記事へ 2005年8月19日(金) 次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ