他所者の私から見ると、妻でさえ他所へ行くときはおいて行きたいと思うほどであるから、家や土地などは動くときに持って行けない厄介な代物にすぎなかった。だから買うお金を持っていても、買いたいと思ったことは一回もなかった。しかし、妻は土地の人だし、自分と結婚した以上、私もこの土地に住むものときめてかかっている。私のような財産設計では先が思いやられると、しきりに私に家を買うようにすすめた。
私は家を財産価値で見ることに全く慣れていなかった。家というものは住む人にとって快適なものであればよいとばかり思っていた。
香港は商売人の街で、麻雀や競馬に夢中になる人は多いが、本を読む人や芸術の愛好家はいたって少ない。日本語の本屋はもちろんなかったが、英語の本屋だって大きいのは香港島側に一軒と、九竜側に一軒しかなかった。思うに香港に流れてくるような英国人では、本を読む人はそんなに多くはなかったのであろう。
私は学生時代から本を読む習慣に馴染んでおり、世界文学全集や円本の日本文学全集を第一巻から最後まで読むような本の虫であったから、本のないところにおっぽり出されると、死ぬほどつらかった。やむを得ず、英語の小説本を買ってきて、辞書を片手に、牛の歩みで読書をしたりした。
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