閑静な家を選ぶ
私はチャールズ・ディケンズの文学に少しも感銘を受けなかったが、ディケンズを読んだのもこの時期だった。またD・H・ローレンスに親しんだのもこの時期で、読んでいるときは何とも退屈な描写だなと感じたが、読み終わると突然、胸に迫ってくるような感激を覚えたので、この人は大した作家だなあ、と思った。
本に親しんだおかげで、私は窓をあけっぱなしにして麻雀を真夜中までやっている香港人の気風が気に入らなかった。今はクーラーが普及して夏でも窓をあけなくなったが、あの頃は麻雀のパイをまぜかえす音がやかましくて、夜は寝られなかった。
だから妻にすすめられて、とりあえず自分の住む家を買う決心をしたとき、私はそれまで住んでいたチャタム・コートと背中合わせになった利成新邨という十二軒の英国風の閑静な住宅群の奥から三軒目の二階建ての家を選んだ。
十二軒の住宅は一軒目だけがチャタム・ロードに面していて、奥は袋小路になっていた。
三階建てと二階建てが交互に連なっていて、奥のほうに行くほど表通りから離れているので、自動車の音もきこえなかったし、隣近所に窓をあけて麻雀をする家もなかったので、私のように騒音をきらう者にはうってつけだった。
それに周囲がまだ戦前からの古ぼけた建物に囲まれているのに対して、ここは新築間もない、如何にも高級な感じのする住宅街だった。土地は五十坪ほどついていて、値段は香港ドルの六万ドルであった。
引っ越しをする一か月ほど前に長女が生まれた。産院を退院してから間もなく新しい家に移り住んだのだから、子供のほうは案外、いい星の下に生まれたのかもしれない。しかし、家を選ぶのに、経済価値を考えずに住みよさだけ考えたのは大失敗だった。そのことに気がつくまでには、あと二十年近い歳月が必要だった。
私が香港で家を買ったとき、九竜の尖沙嘴の、いまは高層建築の立ち並んでいるあたりは、まだほとんどが戦前の二階建ての建物ばかりであった。敷地が広くて大きな通りに面したそういう家は、一軒三万ドルほどで買えた。日本でもある時期までは土地が安くて建築費が高いという現象が続いたが、香港でも事情は似ていた。
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