「株」初体験は専門家の助言で大失敗
シロウトの発想

私が「株の神様」ともてはやされるようになったのは、私が当時の株式投資家たちの発想の盲点をついたからであった。
証券取引所がひらかれてから既に八十何年の歳月がすぎていたが、株をやる人の売り買いの根拠とされている考え方は明治以来、あまり変わっているとはいえなかった。株を買うか、売るかの根拠は、まず一流株かどうかということであり、次は利回り的に見て高いかどうかであり、最後に経済情勢の変化が会社の業績にどういう影響をあたえるかということであった。
上場している以上は、どの株にも株価がついているし、どの株も投資の対象である。しかし、一般投資家にとって買い安心なのは、誰の目から見ても一流中の一流株で、私が株式投資に手を染めた昭和三十年代でいえば、日立、東芝、八幡、富士鉄といった銘柄が、株式市場における横綱格であった。
実はいつの時代にも、横綱株というものがある。横綱株がいつまでたっても横綱株であり続けることは難しいのだが、少なくともその時点では、どこから見ても産業界のこれが横綱だという客観的条件を備えている。今日でいえば、トヨタ自動車とか、松下電産のような存在だといったらよいだろう。株を買う人はそういう株を、利回り中心に買う。
仮に定期預金の利息が年六%とすると、配当金には不確定要素があるから、それよりやや高めになるのが当たり前と考えられている。だから額面五十円で二割配当をしている株が百五十円しておれば、百五十円に対して十円の配当だから利回りは六・六%にあたる。六・六%が高いか安いかは、判断する人によって答えは違う。
景気がこれから下降線をたどり、会社の業績も下り坂になり、配当が下がると見込まれる場合は、百五十円でも高すぎるし、反対に、会社の業績が上向きになって配当金もふえる方向にあればもっと買い進んでもよいということになる。大東亜戦争前なら政局がどう展開するか、アメリカやイギリスが日本に対して戦争をしかけるかどうかといった国際情勢の判断も当然、株価に影響をあたえた。

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