|   第54回 
          湯に人が集まる温泉 
        昨年3月、東日本を襲った震災は、温泉地にも爪跡を残しました。 
          突然、温泉が止まってしまったという温泉地もありましたが、 
          最大の被害は、震災の影響による自粛と風評でした。 
          さらに追い打ちをかけるように襲った計画停電やガソリン不足。 
          まったくといっていいほど人々は、 
          温泉地へ向かわなくなってしまいました。 
          大きな旅館やホテルでは休業に追い込まれ、 
          余儀なく従業員を解雇、 
          または自宅待機させたという話を多く聞きました。 
        震災の1ヶ月後、思い余った私は連載中の新聞記事に、 
          こんなことを書きました。 
          <温泉地では「温泉は贅沢」という自粛ムードも広がり、 
          客が激減している。 
          古来、日本人は温泉を質素な癒やしの場としてきた。 
          群馬の豊かな「湯力(ゆぢから)」は、人々を元気にしてくれる。 
          利用者も温泉宿も、温泉=贅沢という考えを改めてほしい> 
        ゴールデンウィーク以降、客足は戻りつつあったものの、 
          それでも例年に比べると温泉離れが進んでいるように思われます。 
          ところが、この1年間、県内温泉地を回っていて、 
          ある現象に気づきました。 
          それは、二極化です。 
          この不況下において、確実に宿泊客が増えている宿があるということ。 
          「うちは、前年比120%になりました」 
          「おかげさまで、平日でも満室で断ることもあります」 
          といった、経営者の声をあちこちで聞くのです。 
        最初は不思議に思いましたが、 
          宿泊者が増えている宿には、ある共通点がありました。 
          それは、極上の温泉が湧いているということです。 
          そして必ず、先祖代々、技を受け継いできた 
          腕のいい湯守(ゆもり)がいました。 
          要は、湯に人が集まって来ていたのです。 
        一方、震災後、閑古鳥が鳴きつづけている宿は、 
          湯以外のモノで人を呼んでいた温泉です。 
          設備や料理、サービスを売り物にしてきた大型旅館やホテル、 
          貸切風呂や風呂付き個室でカップルに人気だった 
          デザイナーズ旅館の類です。 
          これらの宿は今、生き残りをかけて料金の引き下げを行っています。 
          その価格は、数年前では考えられない値段まで落ち込んでいます。 
          (以前の料金が高過ぎたのだと思いますが……) 
        「震災以後、お湯が分かるお客さまが多くなりました。 
          先代の言いつけ通り、この湯を守っていれば 
          間違いないことに、改めて気づかされました」 
          そう言った言葉が忘れられません。 
          もちろん、湯に人が集まる温泉宿の主人の言葉です。 
         
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