死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第33回
抜群だった大平元首相

私が今までにきいた政治家の結婚式上でのスピーチのうちで、
これはかなり堂に入っているな、と感心したのは、
大平正芳氏くらいなものである。

大平さんは、人も知る読書家で、
総理大臣になってからの最後の粘り方などは、
インテリという評価と両立しないくらい超人的なものであったが、
この人のスピーチをじっくりきいていると、
アーウーの間投詞は別として、
教養のにじみ出たところがあってさすがだなあ、と思う。
総理になるずっと前のことであるが、
ある結婚披露宴で同席したら、

「西洋人は結婚記念日を大事にする。
だから夫はその日になると、
忘れずに花屋によって花束を買って家へ帰る。
自分はそういう習慣を持っていないから、
うっかりそういう真似をしようものなら、
家内から何かやましいことでもしたに違いないと
逆に疑われてしまう。
だから、花を買って帰りたいと思ってもできないでいるが、
新しく結婚したお二人なら
最初からそういう習慣をつければよいのだから、
来年からでもぜひ実行していただきたい」

という意味の短い演説をした。
それは、私が政治家に予期したものとひどく違っていたので、
私の印象に残った。
おかげでテレビで政治演説の番組が出てくると
あわててダイヤルをまわしてしまう私が、
大平さんの時だけは、何を喋るかきいて見よう
という気を起すようになった。
しかし、これは例外中の例外であって、
政治家のスピーチは一般に言って退屈の極にある。





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2012年12月26日(水)

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