死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第53回
医者を信用してよいか

しかし、病気になったら、
すぐ医学書に書いてあるとおりの処方をしてくれるお医者も
また良医とは程遠い。

何しろ、今日の医学が人間の身体について知っていることは、
知らないことに比べて、まだうんと少ない。
だから、治療をしているといっても、
ヤミクモの治療だし、少し前に正しいと思われた治療法も、
あとになってみると間違った治療法になっていることが多い。

ということは、今、現に正しい治療法と思われているものでも、
十年か二十年たつと、
見当違いの治療法だったということになる可能性がある
ということである。

たとえば、糖尿病の治療法である。
私は十何年前に、糖尿の宣告を受け、
糖分のあるものを食べないように、
また血液の中の糖分を下げるための薬を飲むように指導を受けた。

「糖尿患者は、戦争中の食糧不足の頃は、激減したんですよ。
だから、カロリーを抑えて、
体重を増やさないようにするのが一番の治療法だと
最近は考えられるようになりました。
ですから、あなたも六十五キロある体重を
六十ニキロまで減らしてごらんなさい」
と医者は私に忠告をした。

「でも、その二キロ、三キロを減らすのは本当に大変ですね。
食べたいものを食べないように、
ジッとガマンしなければならないのですから」
と私が難色を示すと、
「私なんか、お昼はザルソバ一杯ですよ。
どうしても、おなかの空く時は、
せんべいをかじって、お茶でおなかをふくらませています」
と医者は答えた。
私はその答えにすっかり失望した。

というのは、私の場合は
食べるために生きているようなところがあるのに、
生きるために食べるのを制限しろと言われたのでは、
何のために生きるのかわからなくなってしまうからである。

インシュリンが不足すれば、
血液内の糖分に不完全熱焼が起って
新陳代謝に障害が起ることは周知の事実である。
また親に糖尿があれば、
子供にも糖尿が多いことは統計の示しているとおりである。

しかし、糖尿病になったら、
糖分のものをやめろ、
という考え方に私は疑問を持っている。
糖分の不完全燃焼が起るから、
砂糖や米の飯をやめた方がいいというのは、
ガソリンの不完全燃焼が起るから、
エンジンの中にガソリンを入れるなというのと
同じリクツである。

ガソリンの補給をとめたのでは
エンジンそのものが動かなくなるから、
ガソリンの補給をとめるよりも
不完全燃焼を解消するには
どうすればよいかを考えるべきであろう。

発想の原点で、これだけ意見の異なる医者に
クスリの処方をしてもらっても、
先ず心理的に承服できないし、
ましてクスリ漬けになって生きる気はしない。

そこでもらってきたクスリを
悉く積み上げたままほとんど飲まなかった。

しばらくして新聞を読んでいると、
アメリカの学会の報告で、
医者が処方してくれたクスリには、
血糖を下げる効果はあるが、
常用すると血管が使い古しのゴムホースのように
ボロボロになる副作用があるから、
使用を禁止すべきであるという記事が出ていた。

私はびっくりして医者に聞きに行ったが、
医者はうやむやな返事をしただけで、
いつの間にか、病院のカルテから、
そのクスリだけ消えてしまっていた。
私は医者の言うことを全面的に信用しなくて助かったと思った。

もとより私は、
その医者が無能だと言っているわけではない。
医者は一所懸命、
医学の進歩に遅れまいとして勉強をしているが、
病気の原因やその快復力について
知っていることがあまりにも少ないので
医学界の定説に従ったまでのことである。

そういう実態をちゃんと理解しておれば
私たちも大きな被害を受けないですむのではあるまいか。





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2012年1月29日(火)

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