死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第88回
「徳」は孤ならず

そういう人たちは、
「経済学」のソロバンをはじかないで、
「美学」のソロバンをはじく「美学」のソロバンとは何か
というと、「お金」と「拍手」と二つを天秤にかけた場合、
「お金」をとらずに「拍手」の方をとる人のことである。
お金よりも拍手喝采に重きを置くくらいだから、
お金のことは必ずしもキチンとしていない。

たとえば、私の仲のよい友人に、
テレビ会社で放送局長をやった人がある。
この人は、数々の名企画をやり、
また無数のスターを誕生させた人であるが、
在任中、お金が必要になると、
会社から仮払金を出してもらって、それでまかなった。

その中には社用のために使ったものも相当あるから、
清算をすれば、自分の借金でなくなるのだが、
もともとお金にはこだわらない方だから、
辞める時は退職金をもらわないで、
仮払金を棒引きにしてもらうことで職を辞した。
事情を知る人たちにはいまも語り草になっていて、
「あんな欲のない人は見たことがありません」
と、つい最近も、その放送局に出演に行って、
テレビ局の上の人から聞かされた。

当のご本人は、むろん、
自分のことだから自分でロにしたりはしないが、
「徳は孤ならず」である。
そういう人の出処進退を見ていると、
「ここで辞めたら、得か損か」といった
ソロバンのはじき方など全くしない。
「ここで辞めるのが見事かどうか」にしか気を使わないのである。

美学的というか、芸術的というか、
自分を目下、進行中のドラマの中の一員と考えているから、
クライマックスと見たらさっさと幕を下ろすし、
あとの芝居に不必要であると思ったら、
途中でもさっさと幕を引いてしまう。

日本人の「美学」と外国人の「美学」は必ずしも一致しないし、
また美意識というものは、
同じ日本人でも、教養の在り方や生活環境によって、
それぞれニュアンスに違いはあるが、
ともかく美意識のある人は、辞め方の中でも美の追求をする。

そういう人の目から見たら、
「お見事」と喝采を浴びるのは、
何と言っても本田宗一郎さんであろう。
本田宗一郎さんの社長退陣以上に
日本人の美意識を刺激したものは
近来なかったのではないかと思う。





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2012年3月5日(火)

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