第1524回
転職、転業なんてお安い御用です

終身雇傭制は工業化のプロセスで
ずっと日本に定着してきましたが、
社会がその負担に耐えられなくなると、
制度そのものが受け入れられなくなってきました。
会社が重荷になっているそうした人々を
整理せざるを得なくなりますが
働いている人々の雇傭に対する考え方も
大きく変わってきます。

昔の方が今より
生活がしにくかったこともありますが、
戦後の日本では一流会社に勤めて
定年まで働くのが理想であり、常識でした。
その方が嫁の来手もあったし、
生活も安定していたし、
世間体もよかったので、
入社試験の競争率が100倍をこえることも
珍しくはありませんでした。

しかし、社会は
大会社だけでできているものではありません。
中小企業はそれよりもずっと多かったし、
そのいずれからも落ちこぼれて
生きなければならない人もたくさんいました。
大学に行けなかったからとか、
また勉強が嫌いで学校を中退したからと言って
メシが食えなくなるわけではありません。
大企業から脱落して
脱サラをした人についても同じことが言えます。
そういう人たちのために私は
「サラリーマン出門」とか、
「途中下車でも生きられる」とか
「四十歳からでは遅すぎる」といった本を
何冊も書いています。
いずれも終身雇傭制に対する
落第坊主の肩を持った「生き方のすすめ」でした。

その頃は私のそうした考え方は
あまり体制派の人たちから相手にされませんでしたが、
体制そのものが崩壊に瀕すると、
鳥や猿が大木から逃げ出すように、
大企業を何の躊躇もなく辞める若者が続出しています。
実際、これから何十年、大企業に勤めたところで
社長や重役になる道がひらかれているわけでもなし、
エリートとして出世街道を歩める人と
そうでない人の差は
ある年齢になるとはっきりと見えてきます。
ましてやその仕事や会社が
自分の肌に合わないと自覚している人にとって
途中下車はさして未練の残る決断ではありません。
雇傭に対する日本人の固定観念も
遂にバラバラに解体されるところまで来てしまったのです。


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