中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第3295
ラオスにタイム・カプセルを廻して見たら

ベトナムに行ったついでに足を伸ばして
すぐお隣りのラオスの首都ビエンチャンと
坊さんの町ルアンパバーンを一走りしてきました。
アンコールワットのあるカンボジアにも
バンコックから入ったことがありますから、
これでミャンマからマレーシア、シンガポールまで
一わたり足を伸ばしたことになります。

中国の工業化がすすんで
労働集約的な製造業の工場は大移動をはじめていますが、
その移動先の1つがベトナムです。
するとそのうちにベトナムでも
中国沿海地域と同じことが起るに違いないと、
先の先を見越してラオスとカンボジアに
縫製や靴の工場を移す動きも見られます。
それがどんな形になっているかについて
この目で確かめたいという好奇心もあって
どこにも港のないラオスまで乗り込んで行ったのですが、
さすがに加工業とはまだまだ縁遠い昔ながらの農業国でした。

そうしたタイム・カプセルを昔にまわしたような素朴な環境で、
ここの住民の見るからに人の良さそうな立ち居振る舞いは
ミャンマと一脈も二脈も相通ずるところがあります。
こういうところは坊さんと共産党の争奪戦の合戦場になります。
「でも貧しい割りに乞食はいませんね」と秘書に言われて、
「坊さんって乞食の親玉じゃないの。
朝からお鉢の行列が並んでいるじゃないの」
思わず答えてしまい、大笑いになってしまいました。

そうした目で見ると、
人類の歴史はヤクザの親分と
乞食の親分の争いの歴史ということになります。
それが色んな形で進化して民主主義とか共産主義とか、
さてはキリスト教、回教、仏教の
縄張争いになって現代に至っています。
でもかつての法王だって
いまはヴァチカンにとじこめられてしまったのですから
ダライ・ラマがポタラ宮に戻れる可能性が
皆無とは言いませんが、
全チベットの人たちを食べさせて行くことは
できないのではないでしょうか。
そんなことをまるで方向違いのビエンチャンで
しみじみと考えさせられました。
でもラオスはまだ坊さんが
お百姓さんに食べさせてもらっていますから、
マダガスカルやチベットよりはずっとましだと思いました。


←前回記事へ

2009年3月18日(水)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ