中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第4412回
ラーメンももとを言えば

日本人の口に一番大きな影響をあたえた中国料理は
何と言ってもラーメンでしょう。
どうして中華ソバにラーメンという名がついたかというと、
大正時代に日本に留学に来た中国人で
神田で屋台をひいたアルバイト学生の名前が
ラーさんだったからだという記録が残っています。
「それなら、もし屋台をひいたのが私なら、
キューメンになっていたな」と言って
皆さんの笑いを誘ったことがあります。

ラーメンで戦後、全国的に有名になったのは
何と言っても、サッポロ・ラーメンです。
昭和30年代も終わり頃だったと思いますが、
私が「株式投資必勝法」という本を書いて
ベスト・セラーズになった頃、
同じく「頭のよくなる法」という本を書いた
木々高太郎先生と読売新聞に誘われて
北海道を一巡する講演旅行に出かけたことがあります。

その時、札幌に着くと、私が言い出しっぺで、
木々夫妻と私たち夫妻でサッポロ・ラーメンを食べに行きました。
ご主人がラーメンをつくるのを、私も家内も熱心に見ましたが、
ちゃんと中国人がやるように葱を焦がして油に味をつけてから、
ラーメンを炒めていたので、
「どこで習ったのですか?」ときいたら、
「兵隊で向うに行っていた時に、
日曜の休みに屋台のラーメン屋と親しくなって
教えてもらったのです」という答がかえってきました。
「これは本物だね」と私も家内も納得しました。

ラーメンが全国にひろがって、日本的な工夫が色々と加味され、
日本を代表する中華風の食べ物になったのは、
それからずっと後のことです。
それぞれの土地にそれぞれの名物ラーメンが誕生したので、
サッポロが元祖だったことも忘れられてしまいました。
ラーメンも、自動車と同じように
よその国から日本に持ち込まれた物ですが、
日本人は創意工夫に長じていますので、
気がついたら本家本元の中国や香港や台湾に持ち込まれて
トップ争いの先陣を受け持っています。
それに負けないような文明の遺物はまだいくらでもあるのです。





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2012年4月8日(日)

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