元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第141回
なぜ患者は丸椅子に座るの?

「ドクハラ撲滅」の提唱者・土屋医師を囲んでの
ガン患者と家族の集まりでは、
何人かの医師の心無い言動が槍玉に上がりました。

「医師となる人は若くして先生と呼ばれ、
お礼や賛辞を受けることがあたりまえになっています。
ですから、患者さんはなんでも
自分のいうことを聞くと思っているし、
持っている医療情報は圧倒的に多いわけですから、
こどもでも叱るように平気で高飛車な言辞を吐くのです」
土屋医師は自らの体験も反省しながら、
いやな顔もせず、一人一人の意見を聞いておりました。
その土屋医師にも若い頃、苦い体験があったそうです。
「僕も昔、手術が終わって、
患者さんについ「傷はきれいになっていますね」と
自分の技量に自画自賛してしまったのですね。
心が鋭敏になっている患者さんはすぐ気が付きました。
「先生、傷はですか?」というのです。
「いや、経過は順調です。これで元気になりますよ」
と言い直しましたが、
このとき以来、
本当に医師のうぬぼれを反省しました」

しかし、医師と患者が角を突き合わせても、
命の回復は望めません。
土屋医師が「ドクハラ撲滅」を提案したのは
「この医師と患者の隔たりをお互いが埋め合わせていく努力から、
納得いく治療が果たされるわけですが、
まず足元から発想転換していくことが大切です」といいます。
患者は、治療の選択は、
自分の命の買い物を割り切って、イエス、ノーをはっきりいう。
さらに積極的にセカンドオピニオンも申し出る。
また、医師の方も無理に気を使うのではなく、
まず「診察室の椅子」から改革すべきだと提案しています。
「患者が丸い椅子で、医師が肘付き背もたれの大きな椅子に座って
ふんぞり返っているのはおかしいでしょ。
僕は止めました」
納得できる治療を選択するためには、
医師と患者は対等であると、
もう発想を転換しなければなりません。


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2003年1月15日(水)

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