元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第175回
宗教的な煩悶を乗り越えましょう

もし、ガンを宣告されたら、
もし、命の危機を感じたら、
仕事は二の次にして、
心の覚悟を決めて、まず養生に邁進しましょう。
しばし仕事や付き合いといった世事を離れて、
己の命の世界だけに気力を集中しましょう。

不治といわれる闘病を続ければ続けるほど、
大学病院の治療の限界も、
ノルマに追われた冷徹な医師の正体も、
いやというほど分かります。
世間からも「とうとうアイツも御陀仏か?」と
冷たい視線を浴びることになりますが、
もし本気で延命したいのなら、
なにはさておき、気力、体力を蓄えるための
「養生の工夫」に集中すべきなのです。
世間のシガラミをひとまず断ち、
己の心身にまだ残っている「自然治癒の力」をいかに蘇らせるか?
いかに命の営みを奮い立たせるか?
ここが延命の決め手です。
50代、60代でもまだまだ人生のやり直しは出来ます。

闘病が続いて、
だんだんと大学病院の治療に不信感が増してくると、
大抵の患者がアガリクスやプロポリス、
メシマコブやマイタケエキスといった秘食秘薬の類を
主治医に内緒で服用し始めます。
そしてガンの恐さだけでなく、
より一層、命の複雑さを知ることになります。
やがて、メスも抗ガン剤も効かなくなると、
食事療法、呼吸療法、漢方療法などなどに救いの手を求め、
「なんとしても死にたくない」
「己は死んだらどこへ行くのか?」
「死を持って人生を完結するために生きているのか?」
といった宗教的な煩悶を繰り返す人も多くなります。

まえに書きましたが、僕の主治医の帯津医師は
以下のようなことを著書で述べています。
「死の恐怖は生きているうちに
成すべきことを成していないから起こる」
「人が恐れているのは死ではなく、
生が不完結に終わることだ」
もし、生死の際に悩み、宗教的煩悶に直面したら、
生き延びる勇気を奮い立たせることができるか?
また、ここが運命の分かれ道となるわけです。


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2003年2月18日(火)

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