元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第361回
どっこい婆さん、“糞”戦す

ガンだけでなく、
「ボケと食事」も大いに関係あり…という話をするまえに、
もう少し、80歳を過ぎてマダラにボケた
わが老母の“糞”戦記ともいうべき顛末記を、
拙著「母はボケ、俺はガン」から引用します。

「どっこい婆さんはいたずら好きで、
意表をつく事件が、毎日のように起こるのだ。

ある日の午後、二階の和室でパソコンを叩いていると、
『こんにちわー、ごめんくださーい。
お宅のお婆ちゃんが、いま救急車で運ばれていきましたよ』と
近所の奥さんが息せき切って伝えに来てくれた。
近くのスーパーまでよろよろ徘徊して、
自転車をよけた拍子に転がり、
めがねが壊れてガラスの破片が顔に突き刺さったらしいという。
消防署に電話をすると、
中野駅の近くの○×病院に担ぎ込まれたという。(略)

どっこい婆さんの食欲は凄い。
ボケるとご飯を食べた後すぐに『ご飯まだかい』と
ねだるようになるとは聞いていたが、
母は大腸過敏症の息子とは違って、
これまでに胃腸を壊したことが数えるほどしかないという
強靭な胃袋の持ち主だ。
食事が終わると判を押したように、ご飯をせがんだ。
『どなた様か、少しでも食べるものがございましたら、
よろしくお運びいただきたく存じます』と
なかなか慇懃無礼に高調子な声を張り上げた。(略)

人間が健康であるための条件は“快食快眠快便”といわれるが、
とくに“快便”だけを見れば、完全な健康ウンチだった。
その母が一度だけ下痢をした。
納戸にあった古い冷蔵庫をあさって、
一年以上も前のカビの生えたソーセージを
食べてしまったときのことだ。

自分を中心に世界が廻っていると割り切っているだけあって、
一人遊びが上手だった。
ソプラノからアルトまで四色の声色が使えたから、
杖や枕を相手に自作自演劇をよく一人でやっていた。
杖はツエちゃん、枕はマーちゃんという役回りらしかった。
『お婆ちゃんは体が悪いから遠くには行きませんよ』といえば、
ツエちゃんが『そうですそうです』と
高調子なソプラノで相槌を打つ。
『でも、ちょっとだけ出掛けてみましょう』と言って、
母とツエちゃんは庭を徘徊して、
家庭菜園のミニトマトやピーマンをもいでしまっては、
妻に怒られるわけだ」

まあ、いまでは、どの介護家庭にでも繰り返される、
あまりにも悲しくて怒ることも笑うことも憚る光景なのですが、
日増しに母の症状は、
別人のように重くなっていったわけです。


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2003年8月23日(土)

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