元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1120回
選挙が終わってもスッキリしないなあ

日本全体を覆う
「空気の場」がよどんでいるのは心配です――
という話の続きをもう少し書きます

選挙が終わっても、
なんだかすっきりしないなあ?
そう思っている人がたくさんいるでしょう。
政治家とメディアが作った
短絡化された世論形成が
かえって「よどんだ空気の場」を作ったのではないか?

選挙が終わって、
「この国のすがた」で分かったことは、
いよいよ「大増税」の時代が来るなあ・・・
といったことくらいでしょう。

提示されたお題目は、
郵政のみならず、税金、年金、育児、憲法・・・
いろいろありましたが、
肝心な、この60年に培われた
日本人の戦後精神構造に「沈黙」して、
選挙が終わってしまったわけですから、
「明日の日本」など、誰にも見えなかったのではないか?

では、問題はどこにあるか?
戦後60年の「日本と日本人のポジション」を、
政治家もメディアも「本音」で語らないからです。

以下、これは、65歳という僕の世代から見た
独断偏見のひとりごとですが、
ちょっと問題提起としておきましょう。

僕たちの世代は、戦争が終わったとき、
5歳前後ですから、
戦場での生死を体験した“戦中派”でもなければ、
戦争を知らない“戦後派”でもないのです。
物心ついた幼稚園から小学生まで、
オキュパイド・ジャパン=つまり、
日本は米国の占領下にあったわけです。
ま、僕らは“占領派”世代なのです。

この時代に、いま注目の戦争放棄の憲法も決められ、
政治、外交、経済、軍事、教育、報道の
システムの土台がアメリカシフトに決まったわけです。

腹を減らした僕たち少年は、
「ギブ ミー チョコレート」といって、
米軍兵士におねだりして付きまといました。
小学校の給食に出る、
米国からの「脱脂粉乳」は、
焦げ臭くて鼻を摘まないと飲めない代物でしたが、
先生からは
「飲まないとマッカーサー元帥に殺されるぞ」
と脅されたものです。
マッカーサーといえば、米国占領下の日本では、
まさに絶対の統治者だったのですね。

ここに、日本人の「空気の場」のルーツがあると、
僕は思っています。
いま憲法改正や軍備、経済が論議されていますが、
それ以前に注目すべきは、
日本人の思考や心情といった精神性が
占領が終わっても、「アメリカナイズ」されて
さまざまな分野で醸成されたことです。

「ギブ ミー チョコレート」
「オキュパイド・ジャパン」・・・
この「空気の場」が、いまなお、日本人をして、
ときに、気持ちよく、
ときに、イラつかせるのではないか?
これが、僕の独断偏見論なのです。


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2005年9月20日(火)

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