元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1323回
「いのちの手帖」は患者の広場

いま発売中の「いのちの手帖」という雑誌は、
巷に溢れる、いわゆる健康本のような、
ガンが「治る」いや「治らない」といった
医師や業者サイドにおもねった雑誌ではない――、
「いのちが掴める」か「掴めないか」、いや、・・・
ズバリ!「生きるか」「死ぬか」の本音をしなやかに語り合う
「患者の家」「いのちの広場」として考案した――、
おそらく日本で始めての患者学的治療学読本、
いや患者学的処世学の雑誌だ――、という話の続きです。

(2) 「いのちの手帖」は患者学的治療学、いや患者学的人生学読本だ

では、これほどたくさんのガンや難病の患者が
溢れているというのに、
なぜ、患者サイドに立ったホンモノの雑誌や本が少ないのか?
もちろん、健康メディアとは有用性のほかに、
安全性、信頼性のもとに作られねばなりませんから、
医療制度や薬事法を犯すわけにはいきません。
どうしても「行政サイド」「医師サイド」「病院サイド」
そして「薬業者サイド」の情報におもねる傾向が強くなります。

僕も若いころは週刊誌から月刊誌、専門誌まで、
“儲ける雑誌”を作り、健康記事も作ってきたのでわかるのですが、
さらに、メディアを作るには
広告や大量の販売で採算を図らなければ続きません。
ただ、理想だけでは雑誌や新聞は作れません。

もちろん、最近ではテレビも新聞も雑誌も、
「患者本位のガン治療であるべきだ」という論調を載せるようになりました。
しかし、その治療情報の中身は、どうしても、
行政サイド、医師サイド、病院サイド、薬業者サイドに偏り、
たとえ、患者の悩みや体験談を掲載するにしても、
不治の病に襲われた悲劇のヒーロー、ヒロインとして扱う、
いわゆる「お涙頂戴式」記事が溢れることになります。

ですから、多くの患者と家族は、
コレなら「治る」、いや「治らない」といった
情報洪水に押し流されて
まさに「ガン難民」になっているのではないでしょうか?
自分たちの症状体感に答えてくれる情報が見出せず、
ただただ、掴みどころのない悩みと
不安に突き落とされているのが現実なのです。

というわけで、「いのちの手帖」は患者学的治療学読本を
目指して創刊したのですが、
もちろん、ただ、患者や家族が集まって、
病院や医師の悪口をいったり、
愚痴を述べ合う「患者の家」ではありません。
また、素人病法は怪我のもとという格言もあります。

そのために、スローヘルス研究会は、
いのち丸ごとの調和を診るホリスティックな医師と協力して、
いかに患者自身が納得できる治療、
いかに悔いのない人生を掴むことが出来るかを語り合う
「いのちの広場」を目指したわけです。
ズバリ!「医師は神様」「病院は人体実験場」という古い発想ではなく、
あくまで患者が主役の「いのちの広場」の建設――
それが、僕たち「スローヘルス研究会」のモットーであり、
新雑誌「いのちの手帖」の目指すところなのです。

「久病良医」(きゅうびょうりょうい)という僕の好きな格言があります。
「長患いの患者こそ、優秀な医者である」といった意味です。
また「医師は包帯を撒いて患者が治す」というフランスの金言もあります。
「いのちの手帖」の最高顧問である、ホリスティック医学協会会長の
帯津良一医師は、この雑誌の中で
「患者の寂しさの分かること」が医師の基本条件だと申しておられますが、
この雑誌は、患者を中心に、家族、医療関係者が協力して、
生きるエネルギーを高める「いのちの広場」です。
ぜひ、この主旨に賛同される皆さんからも投稿を願いし、
大きな「いのちの家」に育てていただきたいと願っているわけです。


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2006年4月11日(火)

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