元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1860回
「夫・逸見政孝が逝って14年」

いま発売中の「いのちの手帖」第4号は
とくに女性の患者さんや家族のみなさんに必読です。
というのは巻頭の対談で、
逸見晴恵さん VS イディス・シーさんによる
「●ときめき対談● 子宮ガン、乳ガンを超えて――
もっと、わくわく、 もっと、輝いて・・・
〜この10年は”生きがい探し”の旅でした〜」
という、20ページの大特集を組んだからです。

女性の方たちはもちろんですが、
ご主人やボーイフレンドの男性読者にも役立つ、
秘話が詳細に語られていますから、ぜひ通読してみてください。
司会は、ガン延命9年の僕が担当しましたから、
まさに、ガンを10年乗り切るための
スローヘルスなメッセージが詰まっています。

その内容の一部を紹介しておきます。
「夫・逸見政孝の悲しみ
を乗り越えて14年」という項目は、
逸見さんの14年間のガンと闘病秘話です。

             *

司会  まずは、おふたりの闘病体験から
話から伺っていきたいと思いますが、
僕もガンと付き合って九年目なんです。
十年一昔っていいますが、
十年前、十五年前のガンの治療とは、
すごく遅れていた。医師は神様だ、
患者は逆らうな、
といった医療が現場で幅をきかせていたようですが、
まずは実体験からお聞きたいと思います。

そのまえに、逸見さん。
「私が今侵されている病気の名前、病名はガンです。」――
とテレビを通じてご主人がガン告白をした
記者会見は1993年9月6日のことでしたが、
とても勇気があり、身を挺して
世のガン闘病の実態に警鐘を鳴らす、
まさに衝撃的な会見でしたね。
その政孝さんが亡くなられて、
早や、14年ですか? 
でも、何冊かの手記でも公表しておられますが、
めぐり合った医師がひどかった?

逸見晴恵  はい。昔は、とくに、
ガンは不治の病と思い込まされていたでしょ。
ですから、ただ主治医の言いなりになることが
常識だったわけです。
主人を診てくれる医師は信頼できる、
神様のように偉い先生だと、何の疑いもなく、
意見を聞いてしまったというところが間違いだったと、
私は思っています。
いまのように、セカンドオピニオンとか
サードオピニオンなんかとんでもない、
とにかくこの主治医に任せておけば大丈夫だ、
と信じてお願いしたのですが、
とんでもないことでした。
1回目、2回目の手術のとき、
前田外科では初期のガンと告知したのですが、
実際はスキルス性の4期の進行ガンだったんです。
そして、東京女子医大に担ぎこまれたときは
「なぜ、こんな状態でほうっておいたのだ」と驚かれ、
こんどは3回目の手術で、
なんと3キロの臓器を摘出されてしまったのです。

イディス・シー:逸見さんのご主人は短期間に、
大きな手術を三回もされたとは驚きですね。

        *

続きは、また明日。


←前回記事へ

2007年9月30日(日)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ