元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1952回
「甘い話」より「渋い話」(3)

「ガン治療、“甘い話”には注意しよう」――、
これからは「甘い話」より「渋い話」に耳を傾けて、
自分の治療設計、人生設計を積み重ねて行く時代だ――、
というわけで、いま発売中の「いのちの手帖」第4号では、
僕が「いのちに関わる“ちょっと渋い話”」という
35ページにわたるエッセイを書き下ろしているので
ぜひ読んでおいてほしい――
本来の医学、いや「いのち学」とはどういうものなのか?
患者のみなさん、
家族のみなさんにもぜひ考えていただきたい――、
という話の続きです。

●巻末35ページ大特集●
いのちに関わる「ちょっと渋い話」3題
第1話 オイチニの薬は良薬ぞ! 
     日本人が忘れた「言葉の置き薬」
第2話 「40歳から魂を磨く」――
     いのちに関わる、ちょっと渋い話
第3話 「ホリスティックこそ近代医学」――
     ウイーンの医学博物館ぶらリ旅

いま発売中の「いのちの手帖」第4号に掲載した
巻末エッセイの中から
第1話のさわりを前回紹介しておきましたが、
もうひとつ「渋くていい話」を載せておきましたので、
じっくり読んでみてください。
本来の「いのち学」について分かるはずです。

            *

(略)昔懐かしい薬行商といえば、もうひとつ、
いまから100年前の日露戦争後、
傷を負った傷痍軍人たちが生計を賄うために始めたという
「オイチニの薬売り」という行商人たちがおりました。
金ピカの軍服まがいに盛装した薬屋さんが
手琴風(アコーデオン)を鳴らし、
「春夏秋冬へだてなく 貧苦の人に施薬せん」
「オイチニの薬は、良薬ぞ」と、
歌いながら「征露丸」といった
腹薬などを売り歩いたというわけですから、
まさに寂しさに沈む人々の身・魂・心を鼓舞しつつ、
元気のエネルギーを売り歩いたことになります。

オイチニ、オイチニ 
生盛薬館(せいせいやくかん)製剤は親切実意旨となし
ハイ オイチニ オイチニ 
病の根を掘り葉をたずね その効験を確かめて
ハイ オイチニ オイチニ 
売薬商たる責任を 尽くし果たさんそのために
ハイ オイチニ オイチニ 
春夏秋冬へだてなく 貧苦の人に施薬せん
ハイ オイチニ オイチニ 
オイチニの薬を買いなさい オイチニの薬は良薬ぞ
ハイ オイチニ オイチニ

(略)郷愁に満ちた音色の手風琴で「オイチニ」を唄うと、
土地の子どもたちが、
お土産の「紙風船」ほしさに
後ろからぞろぞろについて廻る・・・。
軍服まがいに盛装した薬屋さんは少なくとも子供たちにとっては、
愉快で元気を売るおじさんでした(略)
なんとも、ユーモラスであり、もの悲しくもある光景ですが、
こちらも「心の置き薬」をチンドン屋気取りでばら撒きながら
「身魂心のケア」を背負って、
町から村へと歩いていたことになります。

「わが健康こそ宝ぞ!」――、昔の人は、
ホリスティック医学などと教えられなくても、
いのちは「身」のみならず「心・魂」丸ごとで出来ていると
直覚していたのでしょう。
別に国や大病院に教わらなくても、
みんなが「いのちの金言」を念じながら、寂しさを分かち合い、
悲しさを温め合う――、
そうした温かくて和やかな「いのちの絆」の時代が、
ちょっと前まではあったわけです。(以下略)

           *

何とも懐かしくて古めかしいエピソードと
思う方もいるかもしれませんが、
本来の「いのち学」について考えさせられる
「渋い話」と思いませんか?
これからは「甘い話」より「渋い話」の時代です。
来年も自分らしく生きる「温和な心」を確かにして
賢く過ごしましょう。


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2007年12月31日(月)

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