第517回
「良い通訳」とは

日本人が中国でビジネスをするに当たって、
通訳は非常に重要な存在です。
通訳が悪かったせいで、
数千万円、数億円の商売がダメになる、
なんてこともありえないことではありません。
日本語が話せる、という理由だけで、
その辺の中国人を通訳に立てるのは、
非常にリスクが高いのです。

「通訳」というのは特殊技能です。
普通の語学能力を測る試験とは別に、
通訳検定、という資格試験があることからもわかる通り、
通訳には高度な言語能力とセンスが必要です。

かくいう私も、中国に10年も住んでいて、
日常生活や仕事は、
何の問題もなく中国語でこなせるのですが、
通訳をやらせてみると、
自分でもいやになるぐらいへたくそです。

自分の頭の中で中国語で考えたことを
そのまま言葉にするのは簡単ですが、
人が話した日本語の話の意図を汲み取って、
それを瞬時に最もふさわしい中国語の単語に翻訳して、
中国語として意味の通じる文を作って、
中国語で話す、というプロセスは、
通訳として訓練を受けた人でないとできません。

更に言えば、通訳として訓練を受けた人が、
一字一句、ニュアンスも含めて、
正確に通訳したとしても、
交渉が決裂する可能性は、大いにあります。
それは、日本人と中国人では、
多くの点で常識や考え方が異なるからです。

中国ビジネスの世界において、「良い通訳」というのは、
「交渉をまとめることができる通訳」のことです。

日本人と中国人の常識や考え方の違い、
お互いの立場の違い、などなど、
そうした双方の事情を全て理解して、
言ってはいけないことは通訳せず、
逆に、言うべきことをアドバイスしながら
効率よく交渉をまとめていく。
こんな人が「良い通訳」なのです。

私が北京に赴任した当時、
私は中国語がほとんど話せませんでしたので、
中国企業を訪問する時には、必ず、
日本語を話せる丸紅北京支店の中国人スタッフを
伴って行きました。

中国企業との会談は、
中国人スタッフが通訳をしてくれるのですが、
相手が3分ぐらい話したのに、
私に通訳する日本語はほんの15秒ぐらい。
逆に、私がたくさん話しても、
相手に話す中国語はほんの2、3言だったりしました。

挙句の果てに、上司である私を差し置いて、
中国人同士で激論を交わし始めたりするので、
「このやろう、オレをバカにしやがって。
絶対、クビにしたる」と思っていたのですが、
今から思い返してみると、
その商売は結果的に
ちゃんとまとまっているんですね。

もしかすると、彼は非常に優秀な、
「良い通訳」だったのかもしれません。


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2006年2月10日(金)

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