第1326回
15年で全く「違う国」になった中国

私は1996年4月に北京に赴任しましたので、
今月で中国に住んで15年になります。

人生の1/3、
社会人になってからに限れば2/3以上を
北京で過ごしてきたわけですので、
北京は私の第2の故郷と言っても過言ではありません。

私は大学生のときから
「将来は海外で働きたい、海外に住みたい」
という願望を持っていました。
そのために海外で働くチャンスが多そうな
商社に就職したのですが、
大学生のときに選択した第2外国語が
中国語ではなくフランス語であったことからもわかるように、
当時の私にとって「海外」とは
欧米諸国のことを指していました。

しかし、今から振り返って考えてみれば、
「将来は海外で働きたい、海外に住みたい」
という願いは結果的にはかなっています。
ただ、当時はその海外が中国になるとは、
夢にも思っていませんでした。
人生、願望を抱けば願いは必ずかなう、と言われますが、
どういう形でかなうかは、
蓋を開けてみないとわからないものですな。

さて、日本から来た人に
「15年前から中国に住んでいます」というお話をすると、
「15年前と今とでは、中国もずいぶん変わったでしょう」
と言われることがあります。
確かに「ずいぶん変わった」のですが、
その変化はそうした表現では表しきれません。
この15年間で中国の人民元ベースの
名目国内総生産(GDP)は約5.5倍になりました。
この変化をあえて一言で表すとすれば、
15年前の中国とは全く「違う国」になってしまった
と言っても過言ではありません。

そもそも、私が1996年に
丸紅石炭部の駐在員として北京に赴任したときの仕事は、
中国の石炭を日本に輸出することでした。
しかし、その後、中国の急激な経済成長により
中国国内の石炭需要が急増、
今では中国は石炭の純輸入国になり、
私の後任者の仕事は
オーストラリアやインドネシアの石炭を輸入して
中国企業に販売することになっています。

日本企業の中国進出の目的も、
生産コストが安い中国で生産して日本に輸出することから、
購買力が高まる中国マーケットに
商品を販売することに変わっていますし、
契約を守らない、とか、カネを払わない、といった
中国ビジネス特有のリスクと言われてきた商習慣も、
一部の企業を除いてはずいぶんと
まともになってきているようです。

変化が速く、15年前とは
全く「違う国」になってしまった今の中国では、
昔の知識が役に立たないどころか、
邪魔になることさえあります。
中国で長く働いていれば中国ビジネスに詳しい、
などということは全くないのです。

そういった意味では、
私も15年間の経験に驕ることなく、
日々、正確な今の中国の姿を捉える努力を怠らず、
新たなビジネスチャンスを探っていきたいと思います。





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2011年4月6日(水)

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