あとがき

食べ物の話が新聞雑誌に盛んに登場するようになった。食べ物の話は「話」の方が先にあるのではなくて、「食べ物」の方が先にある。私の家も、その例外ではなく、『食は広州に在り』『象牙の箸』『食前食後』『奥様はお料理がお好き』と書いてきたが、いずれも、食べ物についての執拗なまでの情熱が先にあって、そのおかげでおいしい料理にありつき、そのまたおつりのような形で、本が生まれてきたものである。
私が食べ物の話を書きはじめた頃は、まだ日本全体が貧乏で、たとえば、昭和三十二年に私が『食は広州に在り』の中で「満漢全席」の話を書いた時は、昔の清朝の宮廷の夢物語として読まれたと想うが、今では日本人が大挙して香港まで賞味に行く時代になった。食についてのゼイタクの歴史は、日本ではまだせいぜい二十五年しかないが、わずか二十五年で、日本人の水準は、中国人やフランス人に追いつき、追い越さんばかりのいきおいを示すようになった。
食べ物に関する本がよく売れるようになったし、私の書いた本がたまたまその中に数えられるようになったせいもあって、私はしょっちゅうそういう種類の本を書いているように見えるが、実は二十年間も書いていない。しかし、我が家にはこの三十年来、お客を招待したときのメニューが保存されており、そのメニューを眺めていると、いろいろとおいでいただいた方々の思い出や世の移り変わりが目に浮かんでくる。それはそのままこの三十年の日本の文化や経済の裏面史みたいなところがあるから、いっぺん、我が家のメニューを中心に、「舞踏会の手帖」みたいな話を書いてみたいと思っていた。私はそれを『日本経済新聞』夕刊に書くつもりだったが、『週刊ポスト』に連載することが一足先にきまり、ほとんど同時に『日本経済新聞』からも執筆依頼があったので、「邱飯店のメニュー」と「食指が動く」と二本同時に連載することになった。おかげでずいぶん賑やかにやっているように見えるが、食べ物についてのエッセイ集を書くのは本当に久方ぶりなのである。
本書は昭和五十七年五月から十二月まで約七ヵ月問、『週刊ポスト』に連載したものをまとめた。私の家へ来られた文人墨客たちの人物像をホンの短い文章で読者にわかるように描写したつもりだが、その文人墨客の名前すらわからない若者が増えて、トンチンカンな行き違いになった場面もあった。しかし、私にとっては愛着のある人々の話だし、一通り書きあがってから通読してみると、それなりに筋の通る書き方をしたと思っている。なお本書に登場された大先輩の人たちにいささか無遠慮な書き方をしている面もあるし、反対にいつも懇意にしていただき、しょっちゅうおいでいただいているのに、名前を伏せてしまった人たちもある。どちらについてもどうぞ非礼をお許しいただきたい。最後にこの本の産婆役をつとめていただいた『週刊ポスト』の関根進編集長、大沢昇さん、中央公論社書籍編集部の塚崎良雄さんに感謝の意を表したい。

 一九八三年二月吉日
邱永漢   

←前章へ

   

次章へ→
目次へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ