ガンを切らずに10年延命-関根 進

再開!元週刊ポスト編集長の目からウロコの体験秘話!

第87回
ガンを切らずに!「希望」を掴む(1)

拙著近刊「ガンに打ち勝つ、希望の法則50」(グラフ社)の
読者プレゼント応募が始まりましたが(応募要領は別掲)、
僕が、どのようにして、「寝たきり長生き」ではなく
「元気で長生き」の幸運を掴んだか?
ガン生還「12年の奇跡」について書いた
本書の冒頭のさわりを紹介しておきましょう。

               *

●希望の法則1   
「ガンを切らない?」「可哀そうに、あいつもお陀仏か」

筆者は、12年前、「ガンを切らない!」と覚悟を決めて、
ガン病棟を“脱走”するが如くに退院した風変わりな患者です。
以降、幸運にも再発も転移もせず、
いのちを掴み取ることが出来ました。
しかし、いま思い返えしても、よく「ガンを切らず」に
生き延びてきたものだなァ〜と、冷や汗が出ます。(略)

僕の場合、「週刊ポスト」という当時100万部を売った
週刊誌の編集長を11年勤めたのですが、
いわば、徹夜の連続と暴飲暴食の
不規則な生活のタタリだったのでしょう。
その後、編集方針を巡って
会社の老幹部と軋轢(あつれき)があり、
そのストレスが引き金となって体調を崩して、
出版社の役員を退職したのが53歳のときでした。
人生の転換は、さらに心労を加えました。
5年後の冬のことです。
とうとう、食道に6センチ=ソーセージ大の
悪性腫瘍が発見されました。(略)

「運命は紙一重」とはよくいったものですね。
ところが、闘病中、カミサンや2人の親友が
親身に支えてくれたお蔭で、
僕は「ガンを切らずに延命」する道を
選択することが出来たのです。
この「後押し」や「縁」がなかったら、
むごい食道ガンの手術の合併症・後遺症・感染症で、
おそらく、僕はあの世に逝っていたことでしょう。
いま、こうして元気にパソコンを叩きながら原稿を書いたり、
仕事をしたりは出来ないわけです。

さて(略)、親しくしていた知人たちからは
「手術できないほどの末期ガンなんだ」
「まるでガン病院の中途退学患者みたいなヤツだなァ」
「可哀想だが、アイツもいよいよお陀仏か」と、
哀れむといいますか、呆れる声が風の便りに伝わってきました。

しかし、あきらめずに「いのちを掴もう」
「いま一度、元気を取り戻そう」と、人間って必死になると、
≪縁が縁≫をつなぎ≪運が運≫を呼ぶものなのですね。
絶望の奈落からでも這い上がる道が開けてくるものなのです。

では、どんなガン治療をしたのか? (略)
主治医から、手術を奨められ、長さ6センチ、
ソーセージ大ほどに食道腔内に膨れ上がった腫瘍を
抗ガン剤と放射線で半分くらいに縮めてから
手術する計画だったのです。(略)

しかし、職業柄、たまたま暇つぶしにベッドに持ち込んだ
ノートパソコンで治療法を検索しているうちに、
食道ガンの手術は「100人に80人は助からない難しい手術だ」
とする学会論文を読んでしまったのです。
ベッドの上で、オチンチンが縮み上がるほど、びっくりしました。
「ガンは情報戦」といわれますが、
ここからが≪縁≫をつなぐ情報力の闘いでした。

               *
(次回に続きます)


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2010年3月28日(日)

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