「骨董ハンター南方見聞録」の島津法樹さんの
道楽と趣味をかねた骨董蒐集の手のうち

第28回
応用編(6)
緊張する店−柱の影の男

昔骨董を始めたころ、
骨董屋のドアを押して中に入ることは中々難しかった。
プロになった今でも入りにくい店構えの店が沢山ある。
中でも京都のさる店についての僕の昔話・・・・。

「こんにちは」と言って中に入ったが、誰も出てこない。
素人の骨董暦3年位の時なので
○○古美術と書いてあると
どんなに敷居が高くても勇を鼓して入っていた。
幾ら呼んでも誰も出てこないし、
店の中を見渡しても
備前の水指のようなものが数点おいてあるだけで
がらんとしていた。
きっと僕の来店を知らず中で何か用をしているように思えたので、
もう一度「見せてもらいますよ。」と断って
信楽の壷をしっかりと見ていた。
口辺から肩にかけて明るいビードロのガラス釉がダラッと流れ、
結構気分の良い品だった。

10分ほど見ていただろうか、それでも人の気配がない。
横にあった備前の水指に目を移した。
これも結構時代があって桃山くらいはあるだろうと思われた。
水指の高台を見ると大体の時代が分かるので
手にとってチェックしたくなったが、
店の人のいない間に触わるのもためらわれた。
その隣に暦手の三島徳利が置いてあった。
首が程よく歪んでそれがまたなんともいえないいい景色だった。
思わず手にとって高台を見ようとした時、
後ろの方から小さな声がかかった。

「いらっしゃいませ」
聞こえるか聞こえないかの声だった。
振り返ると黒く磨かれた柱の影から
その店の店員らしい男がヒソッと立っていて僕を見ていた。
「触っていいですか」と聞くと「はあ?」と言うのだ。
イエスともノーとも言わないけれど
それはだめだと言うような感じだった。
それでももう一度高台裏を見たいので触っていいですか。
と聞いてみた。
「へえ?」と言うのだ。
僕は緊張してしまった。
どうも場違いなところへ入ったようだった。
その店員は僕と同年輩くらいだと思うが、こちらに来ず、
柱の影から隠れるようにしてジーッと見ているのだ。
そんな風にされると結構いらつくし、
立場がないような気がしたが、
僕は三島の徳利を掴んで高台裏を見た。
それは確かに大変良いものだった。

すると柱に隠れていた店員が
この礼儀知らずの田舎者という感じで、
慇懃無礼に足音も立てずスーッと近づいてきた。
そして先ほどと同じように囁くような調子で、
「いらっしゃいませ」というのだ。
両手を動かさないモミ手ポーズで目を合わさず、
黙って斜め下を見ている。
上体をやや前かがみにしているので
第三者から見るとうんと下手に見えるだろうが、
結構僕も緊張してしまった。

「この徳利幾らですか」、と聞くと、
また「はあ?」と言うだけだ。
たぶん僕も買えないだろうとは思ったが
せめて値段だけは聞いてみたいと思いさらに突っ込んだ。
店員は黙って下を向いているだけだった。
老舗のとても緊張する店の出来事だった。
以後その店の前を通る度あんなことがあったなあ。
今でもそうだろうかと思うが、足は絶対その方向に向かない。


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