「骨董ハンター南方見聞録」の島津法樹さんの
道楽と趣味をかねた骨董蒐集の手のうち

第44回
商品学(中国陶磁編)
9.清朝陶磁

「あなた今度の、大阪ロイヤルホテルの
 プレビューに出席しませんか。」
と、英国のオークション会社の担当者が電話をかけてきた。
そのオークションのプレビューの目玉は
小さな清朝の梅花図の小鉢だった。

ホテルのプレビュールームにはもう数十人の人が来ていて、
皆それぞれの好みの作品に見入っていた。
中央辺りに重そうな、
チークで枠取をしたガラスケースがあって
そこに人だかりができていた。
白い手袋をはめた、僕を誘ってくれた英国人が
こちらを見てにっこりと微笑み手招きをした。

「雍正の古月軒です」と言って胸を張った。
それは小さな湯飲み茶碗ほどの器だった。
繊細な梅の古木と花を描いた小鉢は
何か特別な雰囲気を漂わせていた。
陶磁の肌といい、絵付と言い、
やや無機質なほどに無駄のない計算されつくした作品だった。
「一体幾らくらいで落ちるのかな?」と言うと
「さあ、二億ぐらいの声があがってますが・・・。」
とサラッと言った。
「へえ〜、この小さなカップにそんな値が付くの」
と骨董屋らしくもないことを言ってしまった。
「英国の貴族と中国からも1,2オファーがあって
 他にシリアスなビッダーが6件あります」
とまじめに言った。
「見ますか?」と言うので
この機会にと思い取り出して見せてもらった。

「軽い」とにかく紙のように軽く全く手ごたえがない。
ひっくり返して高台を見ると
雍正年製と方形の二十輪郭の中に
ゴム印で押したような染付の年款が記してあった。
梅の花が硬い蕾から今を盛りと咲いた状態まで
一分の隙もない絵付であった。
官窯中の官窯、古月軒は清代における最高の器であった。

総じて清朝官窯は乾隆(1737―1795)までが高い評価を得ており、
嘉慶(1796-1820)頃が下り坂になる分岐点だと言われている。
コレクターとして膨大なお金を持っておられる方は別だが、
良い時代の清朝官窯を求めることなどとてもできない。
もし清朝陶磁を求めるならば
道光頃の作品などに時々ぴかっと光るものがある。
所謂粉彩と呼ばれている作品である。
昨今中国のコレクターが日本に来て
「清朝の陶器はないですか?」
と訪ねてくるのは、大体この辺りを求めているようだ。

しかし、清朝の作品はよく勉強しないと
近年の写しもの作品が紛れ込んでいるので失敗するケースも多い。


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