規律と信頼の分岐点
私など自分のオフィスは、サラリーマンの本来の精神にもとづいてタイム・チェックなしを理想としてきたが、私が不在の時にはズルけて休んだり、規定の時間に一時間も遅れて出勤する者も現われ、社内の統制がとれないと苦情をいわれたこともあった。「他人の飯を食う」ために他社に修行に行っていたうちの息子などは、自分のオヤジの会社に帰ってくると「勤務規定をきちんとつくって、有給休暇もあたえる代わりに、遅刻をしたら、手当を削ることにしよう」と盛んに私に提案をした。
十何人か、そこいらのわずかな人数で、しかも知的な労働に従事している事務所が納得づくでやれないのはいかにも情けないことである。そう思ったので、私は自分がトップにいる限りは、今のままでやってもらいたい、と息子を説得し、その代わり、規則やぶりの何人かを呼んで、私の主旨を受け入れてくれるかどうか確かめた。どうしても承知してくれなければ、入れ替えも辞さないつもりであったが、皆、約束を守るというので何とかうまくおさまった。
しかし、同じ関係企業で、レストランをやっているところは、午前十一時半にきちんと昼ご飯が出せるように、十時までには全員出勤せよ、といっても、三人や五人は必ず遅れてやってくる。遅れてきても咎める者がいないと、だんだんだらけて、早く来た者が損をするような雰囲気になってしまう。やむを得ずマネージャーがタイム・カードを導入したら、その日から全員十時には出勤するようになった。こういうところを見ると、タイム・カードなしは理想論であって、人間はやはり規定で縛らないとちゃんとしない面があるといわざるを得ない。タイム・カードの機械を売る会社の株が高いのも無理はないと苦笑の一つも出てくる。
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