多忙な奴ほど女にモテる - 昨日からの続き>
私は、財務相談室というのを設けていろんな人の相談にのっているが、私のところへは、「実は私は誰某の二号でした」とか、「私の父は誰某ですが、母が正妻じゃなかったものですから」といった人たちがやってくる。世間的に知られた政治家とか実業家とか著作家とかいった人たちの私生活を全く別の角度から覗くことになってしまうが、そういう裏面を知れば知るほど、「忙しい」ということと、「色事に励む時間があるかどうか」ということは、全く別のことであることを思い知らされる。
「忙しい」人に面会を申し込む。すると、「忙しいから」といって断られる。あの人はスケジュールの一杯詰まった人だから、断られるのも無理はないなあ、と人々は納得する。しかし、そういう「多忙をきわめる」人でも、愛人に会いにいく時間は必ず持っている。すべて時間の使い方には優先順序があって、「愛人に会う仕事」は、「わけのわからない奴らに会う仕事」よりも重要だから、そのほうを優先させるのである。したがって、「忙しい」というのは、「あなたに会う重要性を認めない」とか、「あなたには時間をさくわけにはいかない」という意味であって、それをはっきりいうと角が立つので、「忙しい」といって断るのである。
誰でも一日に二十四時間は持っているのだから、忙しくて時間のとれない人というのは存在しない。むしろ、忙しい人ほど時間のやりくりがうまくなって、自由に使える時間が浮いてくる。でなければ、本妻も知らない別の子供が何人もいたとか、本人が死んでから遺産のことについて私のところへ相談にみえる女の人があんなにたくさんいるわけがないのである。
ベッドの中の時間は、以上のようなわけで、多忙をきわめるからといって、短縮されることは滅多にない。ナポレオンが一日に四時間しか寝なかったというのも単なる伝説にすぎないかもしれないし、仮にヨーロッパ各地の征服のために連戦していく過程で、一日に四時間しか寝ない日が続いたとしても、休戦になったり、パリに帰ってジョセフィーヌとベッドを共にした夜な夜なは、四時間のその倍か、三倍ぐらいはベッドの中にいて、なかなか起きあがってこなかったのではあるまいか。ちょうどジンギス・カンに率いられてヨーロッパまで遠征に行った蒙古人たちは一週間何一つ食べなくても、馬に乗って戦い続けることができたといい伝えられているが、休戦中も何も食べなかったわけではないのと同工異曲であろう。
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